多種多様な人種が大量に行きかうカレッジのなかで、そのあまりに見慣れすぎた姿を発見したとき、ソフィーは思わず我目を疑ってしまった。ひょろりとした体格は、明らかに大人のそれではない。10代なかばの少年のものだ。そして、まだまだこどもらしさの抜けきれていないその姿は、カレッジでは妙に浮いていた。
(なんで、あの子がここにいるの……)
などと考えながらその少年を見つめていると、彼もソフィーに気付いたのか、人と人の間をぬいながら彼女のほうに近づいてきた。
「ソフィーさん!!」
「マイケル、あんたいったいどうしたの!?」
広いカレッジのなかで、割とすぐにソフィーを見つけられたのは、運がよかったとしか言いようがない。
嗚呼、神よ!とマイケルは、敬虔な宗教家の如くいるかいないのかさえわからない神に感謝するように少しだけ空を仰いだ。
よし、これは神の思し召しだ。ソフィーさんにハウルさんのことをどうにかして欲しいと頼んでもよいという、天からの啓示だ。きっとそうだ。
人間、極限まで追い詰められるとどうにもこうにも自分に都合のよいようにしか、物事を考えることができなくなるらしい。今のマイケルはまさにその状態だった。
「どうしたの。こんなところまでやって来て……」
いまだ、カレッジにマイケルがいるという事実に頭がついていっていないのか、ソフィーの目はマイケルを珍獣を見たときのように大きく見開かれていた。が、そんな視線を向けられてもマイケルのほうは一向に気にしたようすもなく、ただ額にうっすらとうかんだ汗を拭いながら、
「あの、ソフィーさん話があるんですけど、今いいですか?」 と、マイペースにことを運んでいこうとする。
「話?」
何も知らぬ少女のように首を少しだけ傾けてみせるソフィーに多少の苛立ちさえ感じながら、マイケルは力強く頷いてみせた。
「お話って、家でするんじゃいけないわけ?」
当然といっちゃ当然の疑問だ。ソフィーとマイケルは365日、同じ屋根の下で暮らして寝食をともにしているのだから。話なんぞ、いちいちこんな外でする必要がどこにあるというのか――――と、ソフィーが考えるのも無理はない。
「そうしたいのはやまやまなんですけどねぇ……」
マイケルとてわざわざ城からカレッジまで遠路はるばる来るのは面倒だった。できることなら城のなかでソフィーの淹れてくれた美味しい紅茶でも飲みながら話をしたい。だけど、これからマイケルがソフィーにしようとしている話は、彼女の旦那に対する文句。流石に城のなかではその旦那自身の目があるから、彼の文句はあまり大声では言えまい。旦那が王宮にお勤めにいっているその隙に主人のいない城でこっそり話をするというのは、旦那よりも早くカレッジに行き旦那よりも遅く帰宅するソフィー相手では、物理的に絶対不可能であることだし。もはや、マイケルに残されている選択肢は、これしかなかったのだ。
「ハウルさんがいると厄介ですから」
「ハウルが?」 何故ここでハウルの名が登場するのか。ソフィーあわけがわからず、いぶかしげに目を細める。
マイケルがいよいよハウルなる人物のここ最近の傍迷惑さ加減を訴えようとした、そのとき――――
「あら、ハウルって誰よ?」
――――邪魔が入った。
「へ?」
「あら、マリー」
突然の会話への参戦者に目をまるくしているマイケルをよそに、ソフィーのほうは別段驚いた様子もなくその参戦者ににこやかに笑いかけている。やっほー、と学生っぽく軽やかに挨拶を交わしながら。
マリーと呼ばれた女性は、肩の上辺りで切りそろえられた亜麻色の猫っ毛をそよそよと風になびかせながら、屈託なく笑い声をたてていた。美人ではないが、まあそこそこの顔立ちだ。
「どこでなにをしてんのかと思ってたら、あんたったらこんなところで美少年ひっかけて何やってるの」
「び、び……!?」
美少年!? それはもしかしなくとも、自分のことだろうか。
驚愕のあまり慌てふためくマイケルを、マリーは興味津々といった目つきで覗き込んだ。
「あんた、名前は?」
「マ、マ、マイケル=フィッシャーです」
「マママイケル=フィッシャー?」
変わった名前ねぇ、と呟くマリーに、“マママイケル少年”が慌てて「マイケルです!」と訂正すれば、彼女は分かってるわ冗談よ、とけらけら笑ってみせた。
「で、ハウルってのは?」
「あたしの旦那」
へーあんたの旦那さんってハウルって言うんだ…。とマリーはありきたりな感嘆の声をあげると、ふたたびマイケルの顔をじっと覗き込んだ。じっと。じっと…。
「そ、ソフィーさ……ん…」
居心地が悪い。非常によろしくない。こんなに女性にまじまじと見つめられたことなんて、マイケルは生まれてこのかたなかったものだから。居心地がわるくて仕方がない。
助けをもとめるように自分の師匠の妻を見れば、彼女も困ったように肩をすくめていた。
「マリー、いい加減にしなさいな」
「あら減るもんじゃないし、いいじゃないの」
「マイケルが嫌がってるわ」
「あらそう?」 マリーは至極残念そうに顔をしかめる。
「え、えと、ソフィーさん、このレディーは……?」
「この人はね……」
「ソフィー=ハッターの友人のマリーウェザー=ゴールドです」
よろしくね、とマリーウェザーはにっと歯を出して、マイケルに笑いかけた。マイケルもなんとかにこやかな笑顔を取り繕う。
なんだか。なんだか、とても……。とても苦手な部類の人だ。少なくともマイケルにとっては…。なんだか、無性に愛するマーサに会いたい衝動にかられたマイケルであった。
「して、マイケル少年」 と、マリーは急に真面目な顔つきで、マイケルに詰め寄った。
「は、はあ…」
「初対面でそうそう不躾で申し訳ないのだけれど」
「は、はあ……」
「この子の旦那ってどんな人?」
マリーの横で、ソフィーがぎょっとしたように目を丸くした。 「ちょ、ちょっと!マリーったら突然何を…」
「あんたは黙っててちょうだい」
――――あんたったら、あたしが旦那さんのことを訊いても、全然こたえてくれないじゃないの。
――――だ、だって!!
マリーに睨まれて頬を真っ赤に染め上げているソフィーを見て、マイケルはぼんやりと思った。嗚呼、ソフィーさんの照れ性はここでも健在なんだなぁー…。
「旦那って、ハウルさんのことでしょうか?」
「当然よ。なに、もしかして“ハウルさん”とやら以外にも、ソフィーには旦那がいるわけ?」
「そんな、わけないじゃない!!」
マイケル!余計なことをしゃべらないでよ!とソフィーがきっとマイケルを睨みつけてくる。が、しかし。
そんなふうに睨まれても…。ぼくにとっては、このマリーさんとやらの笑顔の追究のほうがよっぽど怖いんですけれど…。この手の人間に逆らうとろくなことがないのは、なんとなく本能でわかっている。生存本能とでも言うべきか。マイケルは、困ったように肩をひょいとあげてみせた。
「ま、マイケル! 話! 話があるって言ったわよね?」
ふと、ソフィーは思い出したように、わざとらしく両の掌をあわせる。パン、という小気味よい音が話題の変更を促しているかのようだ。
「はぁ……まぁ……」
嗚呼、これでマリーの妙な好奇心から逃れられる、とでも言いたげな彼女の表情に、マイケルは一層困ったように乾いた笑い声をたてた。
(でも、ソフィーさん。ぼくの話もハウルさん絡みなんですけど………)
「話ってなに!?」
「え、えっと……でも、マリーさんが……」
「なに、あたしがいちゃ話もできないって?」
「………」
美味しい話題をソフィーに遮られてしまったことがいたくお気に召さないのか。マリーウェザーの目つきは、あのハウルが癇癪を起こしたときのように、恐ろしいものがあった。
(ハウルの動く城,2005/02/24)(2006/01/01改)
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