居てもたってもいられなかったのだ、と後に古泉一樹は頬をほんのりと赤く染め上げながら証言してくれた。機関の仕事を放りだして、飛行機に乗り込み、着の身着のまま、この襤褸アパートに転がり込んできたのだというが、これもまた後に古泉が勝手に証言してくれたことであって、そのときの俺には知ったことではなかった。
 おまえの事情なんて知ったものか。それよりも、この状況はどうしたことか。――そのときの俺はというと、扉を開けてやるやいなや飛び込んできたこの男に唇を奪われたショックで、もう気絶してしまうかのようなギリギリの精神状態に陥っていた。いっそ気絶したほうがよかったかもな。そんですべて夢の出来事として片付けてしまって。
 へなへなと玄関先に座り込んだ俺に追い討ちをかけるように覆いかぶさってきた古泉を、退けさせるような気力が、俺に残されているはずもなく。
 すきですすきですすきです。
 想いの箍が外れた。決壊した。あとはもう溢れるままに。古泉はおいおいと泣きながら、俺の頬に頬を摺り寄せて、垂れた鼻水を俺のシャツで拭いていた。気色が悪いとか汚いとか微塵も思わなかった自分に自分で驚いた。
「こいずみ」
「すきです。すきです」
 古泉の夜風で冷えた手が俺の手を握り締める。
「こいずみ」
「すき、すき。だ、だいすき」
 悪いが、だいすき、には流石の俺も身震いしたぞ。それは流石に気色悪い。本当に悪い、古泉。
「あなたが好きですキョンくん」
 おい、こら、おまえ……。
 脱力する。気が抜ける。気が抜けたら、今度は腹が立ってきた。俺の唇を返せ!
 この期に及んで、人を 「キョン」 呼ばわりしてくれた男の腹を盛大に蹴り上げて、俺は鼻息を荒くして言った。
「とりあえず靴を脱げい。ここは日本だ。土足厳禁!」
 腹の痛みに悶絶しならも律儀に靴を脱ぎ、そうして 「だいすきなんです」 とまたまた繰り返した古泉一樹の粘着質たるや。しぶとい。とんでもない男に好かれちまった、と思えども、それでも存外口角が下がらない俺のアホ面もどうしたもんかね。
 はてさて。俺はこの日から、色々と、本当に色々と、悩み、頭を抱え、悶え、いつかのSOS団のようにめいっぱいに青い春を謳歌するわけで。そして隣には何故かいつも古泉一樹の喰えない笑顔が。


ブルー、スイートブルー 20071015