「なんかおもしろいことないかしら」 と、昼下がりの食堂でコーヒーと左手に万年筆を右手に呟くのはマリーウェザー=ゴールド。
彼女の視線は手元のレポート用紙にではなく、まるで現実逃避をするかのように窓ガラスの外に向けられている。期日がもう目の前にまで迫ったレポートをいい加減に書き終えなくてはならないのは重々承知しているけれど、いかんせんこのぽかぽか陽気に中てられて気分は一向にのらない。
こういうときに、何か気分転換になるものでもないかしら?と思ってしまうのは人間として当たり前のことだとマリーは思う。例えば、そう何か“おもしろいこと”。
「マリーの言う“おもしろいこと”ほど怖いものはないわね」
ため息交じりに言うのは、マリーの親友とも言うべきソフィー=ハッター。今日も今日とて赤のふわふわ毛が可愛らしい(マリー談)。食堂でテーブルを挟んで向かい合って座って。こんなに可愛い顔を見つめていられるなんてなんて幸せなことなんだろう。
「失礼ね。あたしは何でもいいから、ただ刺激が欲しいだけのよ」
「レポートに追われているっていう刺激じゃ駄目なのかしら?」
「最悪ね」
即答するマリーに、ソフィーはやれやれと肩をすくめてみせる。
「学生の宿命だから仕方ないでしょう?だいたいあんたはカレッジに何しに来てるの」
「勉強しに」
「そうね、だったらちゃんと勉強なさいな。まずはそのレポートを書き上げてね」
マリーのレポート用紙をぽんぽんと叩いて先を促してやれば、マリーは眉間に皺をよせてソフィーを恨めしげに見つめた。
「おもしろいことがあれば、こんなレポートなんてあっという間に書き上げてやるのに」
「そう、じゃあ、こんなのはどう?」 と、ソフィーは自分の隣に座る男――――ウィリアム=ジョーンズ――――を指差した。
「それのどこがおもしろいの」
「強いて言えば“大人しい”」
言われてみればウィリアムはさっきから一言も発さずに、黙々とレポートを書いている。珍しいと思わなくもないが、なんだかんだと言って優秀で根は超がつくほどの真面目なウィリアムだ。その気になれば、こんなレポートなんぞものの一時間かそこらで書き上げてしまうことだろう。
「おもしろいでしょ?珍しいものを見て人は概して“おもしろい”と言うくらいだし」
「あんたのジョークのセンスを疑うわ。ぜんぜんおもしろくない」
「あら、あたしはジョークなんて言ったつもりはこれっぽっちもないもの。こうやって真面目にやってるウィリアムに“刺激”されて、マリーも真面目にレポートに取り組んでくれたらって思いはしたけれどね」
「ああ、もう、ソフィー!あんたって人はもう……!」
ジョークなんてとんでもない。何が、刺激だ。何が、レポートだ。
「わかった。わかったわよ。こんなレポートなんてすぐに書いてやるわよ」
「頑張って。終わったら、クッキーをご馳走してあげる」
「ソフィーの手作り!?」
もちろん、と笑うソフィー。
「なんてこと……!」
マリーは思わず、嗚呼!と天を仰いだ。
そうとわかればもっと早くからレポートに取り組んでいたのに。ソフィーの料理の美味さは既にマリーたちの知るところで。先日のアップルパイもほっぺたが落ちるほど美味しかったというのに。
「まさかウィリアムもこれで釣ったの?」
と、相変わらず黙々とレポートに噛り付いているウィリアムを横目で見ながら、ソフィーに尋ねれば、さぁ?と彼女はにこりと笑う。
「見てなさいよ、30分で終わらせてやるから」
「ふふ、頑張って」
(ハウルの動く城,2005/05/23)(2006/01/01改)