「どういう意味だい?マリー…」
ウィリアム=ジョーンズは不機嫌さを隠そうともせずに、マリーウェザー=ゴールドを睨みつけた。
おいおい、なんだその態度は。マリーの親友には歯が浮くくらい甘い言葉を投げかけては、気色が悪いくらいににこやかに笑いかけているというのに、彼女の姿がないとなれば、この態度。というか、こちとら、テメーの心配をしてわざわざ忠告してやっているというのに。張っ倒したろか、と内心毒づきつつも、マリーはそこは持ち前の忍耐力でぐっとこらえてみせた。伊達にこの傍迷惑な男と、今日まで“幼馴染”という関係を根気よく続けてきたわけではない。
「そのままの意味よ。ウィリアム青年」
「なんで、このぼくがソフィーを諦めなきゃいけないんだ。このぼくが!!」
「このぼくも、そのぼくも、へったくりもあるもんですか。兎に角、ソフィーのことは諦めなさい」
「どうしてさ」
「あんたにはどうしたってソフィーを落とすことはできないわよ」
びしっと人差し指をつきだせば、ウィリアムによってばしりと叩き落されてしまった。
「痛いじゃないのよ!」
か弱い乙女の手になんてことを…っ!
「いいかい、マリー!!きみは、このぼくを誰だと思っているだい?このぼくを!」
じーんと痛む指先をさすりながら、マリーは横目で幼馴染の青年を見た。
しまった。またこやつのいつもの“病気”が出てきてしまった。幼少の頃から何一つ変わらぬ、その病気。
「ウィリアム=ジョーンズ!! この国内でも有数なカレッジにトップ入学!しっかーし、勉強だけの頭でっかち人間だと思われちゃぁ困る!」
ぎんぎらぎんに輝いたウィリアムの瞳からは、彼が今、いかに興奮してるかが、実に簡単に見て取れる。これはそう簡単に収まりそうにない。しばらく放置しておくほかないようだ。マリーは内心盛大なため息を下していた。
朗々と語りだすウィリアムの声を右から左に、てきとうに聞き流し始しつつ、形だけの相槌を打てやる。十年以上この男と幼馴染の関係を続けてきたなかで習得した、マリーの最大にして最強の得意技である。
もっともウィリアムのほうはというと、彼は彼で、別に人に話を聴いてもらおうとか、そんなことは端ッから考えちゃいない。否、聴いてもらおうとかそういう以前の話で、自分の話なら誰でも嬉々として聴いてくれる。――――そう信じて疑わない。そしてまわりの人間が自分の話を聴いてくれているという大いに間違った前提のもと、彼は朗々と自慢の美声で、自分を賛美し、賛美し、ただひたすらに賛美することに、何よりも生きがいを感じているのだ。所謂、ナルシストの最先端を突き進むような男なのだ。
「顔はよし!歯も芸能人並に白い!」
そういや、こやつは、幼少の頃から“アパガード”なるものを使用しては、鏡を覗き込んでいたような…。
「体もしかと鍛えている!当然、マッチョにならない程度にだ!支持層の多い、所謂ソフトマッチョ路線のこの肉体美!」
と、ウィリアムは軽く拳を握ってみせる。
どうでもいいが、その服のセンスはどうにかならないものだろうか、とマリーはぼんやりと思った。
ソフトマッチョはマリーの好みでもあるが、いくら綺麗に体を鍛えたからといって、その体をとりまく服のセンスが悪ければ、どうしようもないのではないだろうか? ターザンのように、四六時中半裸で街中を歩くのなら、まだしも。いや、ターザンはソフトマッチョではなく、本物のマッチョか?
……いけないわ。思考が飛躍しすぎてる。現実逃避なんてダメよ、マリー!!しっかりして、わたし!
「っていうかさ、ウィリアム……」
「なんだい?」
ぼくの語りを邪魔しないでくれたまえ、といわんばかりの彼の視線に、マリーは「なんでもないわ」と引き下がった。
ため息をつきつつ、未だ研究室にレポートを提出しに行ったっきり、なかなか戻ってこない親友に思いをはせた。
「色々と面倒だから、あたしが結婚してることは誰にも内緒にしておいてくれる?」
ただえさえ稀にみる編入学生ということで散々注目を集めてきた彼女が、学生結婚しているだなんて知れた日には、カレッジはそれこそ上から下からと大騒ぎになることだろう。もともと目立つことを好まない彼女が、そう言うのも納得できるというものだし。
しっかしねぇ……。このどうしようもないナル男を、一度黙らせるためにも、あんたの結婚のことを言ってやってもいいと思うんだけどなぁ……。
(ハウルの動く城,2005/01/10)(2006/01/01改)