接吻ひとつでぼろぼろと泣き出した秀麗を、劉輝は慌てて胸に抱きしめて、その細い背中を擦ってやった。すまない、すまない、と劉輝は秀麗に只管に謝る。嬉しさが先にたって、彼女が殊、こっち方面の事情にとんと疎いことをうっかり失念していた。
悦ばせてあげたいとは思いこそすれ、こんな形で泣かせたいわけではない。
盛りの時期に欲望という欲望を無理やり抑えこんできた反動は、思いのほか大きい。夜な夜なの妄想とそれに付随する自己処理だけでは、健全な少年青年期の欲望は到底処理しきれていなかったことを、今この瞬間に劉輝は知った。
だが、ここで我を失ってどうする。紫劉輝は王たる者として培ってきた理性を総動員させ、己に言い聞かせた。
(今こそ、男らしく!)
「すまない、秀麗……」
劉輝は、愛しい女子(おなご)の背中を撫でた。ようやっと振るえが止まった背中に、秀麗の涙が収まってきたらしいことを、劉輝は知る。
大丈夫。
息を吐いて、劉輝は己の心を落ち着けた。
大丈夫。幸か不幸か場数だけは踏んできたつもりだ。脳内予備練習もばっちりだ。忘れてならないのは、初心者な彼女(これは男としてなんと喜ばしいことだろう!)への配慮。
大丈夫。自分は彼女を目一杯やさしく愛してやれる。伊達にふられ続けてきたわけではないのだ。彼女のなかの葛藤もなにもかも包み込めてしまえるくらいに、劉輝は彼女を愛しているのだと胸を張って言える。
こんなちっぽけな男にいつだって惜しみなく情愛を注いでくれた彼女に、“紫劉輝”が返せることなど少ない。王の仮面を外した劉輝が持つものなど、無いに等しい。ならば、この身ひとつで彼女を精一杯愛そうではないか。
「劉輝?」
涙の跡の残る顔が、劉輝を覗き込んだ。
「あなた、泣いてるの?」
こんなときでも自分を気遣ってくれる人が、愛しい。劉輝は微笑みながら微かに首を横に振り、そして秀麗の額に接吻を落とした。
「愛してる」
瞠目した秀麗は、ややあって、はにかむように笑った。
自分より大きな背中を包み込もうと伸ばされた細い腕が愛しい。秀麗の身体を抱きしめることが出来る己の身体が愛しい。
意地の悪いことばかりしてくる世界が。
いつだって自分たちを圧倒するすべてが。
何もかもが。
――今は輝いて見える。
生まれてきてよかった。
劉輝は心から思う。
七色の吐息
20060803/20080210加筆修正