あしたはどっちだ
組み敷いた肢体はふかふかと、オレが知るどんな女の人よりもやわらかく。あんなことや、そんなこと。ありとあらゆる助平なことを強要するオレに、それでも彼女はちっともあの笑顔を崩さなくって。ランボちゃん、と笑って、オレを昔と同じように胸に抱いてくれて。それがうれしくて、どうしようもなく切なくて。オレはこんなになってしまっているのに、彼女は――ハルさんはちっとも変わらない。
ハルさんハルさん。
泣きながらハルさんの身体を貪るオレに、ハルさんは結局ずっと笑顔だった。
ねえ、どうしてなの、ハルさん。どうして、いつも笑顔なの。オレはハルさんの笑顔がとてもとても大好きでたまらないのだけれど、でも、今は貴女の笑顔がいっそ憎らしい。
オレはハルさんの笑顔しか見たことがない。オレは彼女の女の顔を見たことがない。
満月が美しい、そんな夜。恋人同士のランデブーにはきっとうってつけな夜であったでしょうに。独り身のランボさんはというと、無駄に大きなベッドの上でたったひとり、夢に魘されていたのです。
全身に蛇のように絡みつく生暖かい夢から、ランボさんを解き放ってくれたのは、ランボさん自身の悲鳴でした。のろのろと半身を起こして、部屋を見渡せば、見慣れた天井を見つけて、夢が夢であったと気づくのです。
ひりひりと痛む咽喉。鼓膜にへばりついたまま消えないきんきん声。
夜の淡い光に包まれた部屋のなか、荒く熱い呼吸を繰り返して。何度も繰り返して。かたかたと震える身体を両の腕でぎゅっと抱きしめて、その震えが治まるまで、ランボさんはベッドのまんなかで蹲ったまま、立ち上がることができませんでした。
やっと呼吸が落ち着いてきたところで、ランボさんはそのときになってようやっと自分が寝る前にきちんとカーテンを閉めるのを忘れていたことに、気がつきました。一事が万事こんな調子だから、ランボさんはいつもいつもリボーンにうっかり者だの阿呆だのと言われてしまうのです。
窓から覗くまんまるお月様。淡い白銀の月明かりが床の一部を長方形に切り取って照らしている。白く光るその部分を見つめながら、ランボさんは重い嘆息をこぼしました。
もう何度こんな夜を過ごしてきたことか。気分は最悪。大好きな葡萄をうっかりドブのなかに落としてしまったかのような――いや、それ以上の最低最悪な気分なんです。可愛いあの人に対してなんと失礼な夢を見てしまったのかと罪悪感に苛まれる一方で、悲しいな、あとほんの少しでよいところだったのにと心の隅っこで残念に思ってしまうのは、男としての性なのでしょうか。男なんてものは、つくづくろくな生き物じゃありません。
サイドボードの目覚まし時計は四時を少し過ぎた時間を示しています。起きて活動するには早すぎる時刻だけれど、かといってもう一度ベッドに潜ろうにも、湿ったシャツが身体に張り付いて気持ち悪くて仕方がありません。
とにかくシャワーを浴びてしまおう。そう考えたランボさんは、ふと自分の下腹部に目をやり、そして顔を両の掌で覆いました。
「……うぅ」
嘆きは声にすらなりません。
嗚呼、情けない!
情けなさのあまり泣けてしまいそうになる自分を叱咤しながらバスタオルと着替えを抱え、ランボさんは前屈みでとぼとぼと部屋を出ていきました。どうか誰にも会いませんように。どうかどうか。ひょっこひょっこ、うまく歩けないのは、男のふくざつな事情というヤツなのですよ。
「うわぁぁぁぁぁあ!!」
「え、ええぇぇぇぇええ!?」
大浴場の引き戸をあけるなり、男の野太い悲鳴と湯気に襲われて、ランボさんはうろたえました。うろたえながらも、襲い掛かってきた風呂桶や固形石鹸を紙一重でちゃんと避けてみせるところは、さっすが大マフィアの幹部。アホ牛駄目牛と日々馬鹿にされるランボさんだって、やるときはやるのです。
いやいや。でも、よもや、こんな時間の浴場に先客がいたとは思いもよりませんで、ランボさんはただただ驚くばかり。しかもその先客に風呂桶を投げつけられるとは、いったいぜんたいどうしたことでしょう。リボーンが気まぐれにトラップでも仕掛けておいたのでしょうか?
マフィアなんてものは深夜遅くに血と汗まみれで帰宅することも少なくない職業ですから、ボンゴレファミリー本部に(ファミリー幹部たちの希望で)備え付けられた大浴場は二十四時間入浴可能になってはいるのです。とはいえ、ふだんはこんな時間に風呂につかる物好きはあまりいません。お風呂好きで有名なジャッポネーゼの幹部たちは、ときたま真夜中に一升瓶を片手に、お猪口をもう一方の手に此処にやって来るようですが。
いやいやいや。しかししかししかし。ランボさんもランボさんでただいま絶好調で焦っております。きちんと腰にタオルを巻いておいてよかったというものです。あーよかったよかった。
「あ。あれれ、ランボ?」
「……ボ、ボンゴレ?」
湯船のなかで中腰になって、両腕で胸のあたりを隠していらっしゃるのは、十代目ボンゴレの沢田のツナさんではないですか。そもそも、いったい何なんですかね、この入浴中の乙女(ボンゴレ)と、そこに乱入してきた覗き魔(ランボさん)のような図は。
「ボンゴレ、何をしてらっしゃるんですか?」
「あ……ああ、うん」
なんだランボか。よかったよかった。骸かと思ったよ、ああ焦った。ごにょごにょと言葉を濁しながら、ボンゴレはぶくぶくと湯船のなかに潜ってゆくのだけれど、ランボさんにはうまく聞き取れませんでした。えっと、六道骸氏が、なんですって??
「あのーもしかしなくとも俺、お邪魔でした?」
「え、なんで?」
「え、だって、六道氏と待ち合わせ……」
「ま、さ、か、だよ、ランボ。冗談はおよしなさいよ。さあランボ、男同士、裸の付き合いをしよう」
と、ボンゴレはランボさんをその胸に迎えいれるかのように、腕をばっと大きく広げてみせました。いやはや、男らしい。
「はあ、では……」
――遠慮なく、とランボさんがそろりそろりと足を湯船につけようとして、すかさず飛んできたのはボンゴレの怒号でした。
「こら、ちゃんとお尻洗ってから!」
「うは、はい!」
風呂好きのジャッポネーゼは、風呂場でのマナーにもうるさいのです。
かぽーん、と小気味良い音が大浴場に響きます。
それぞれ頭に手ぬぐいを置いたボンゴレとランボさんは、とくに何を話すわけでもなく、ゆったりゆったり湯船に並んでつかっていました。あまりの気持ちよさに、先ほどランボさんを襲ったはしたない熱はどんどん治まってゆきます。というか、日本のスタンダードな銭湯のような富士山の風景画の代わりに、歴代のドン・ボンゴレの模写絵が描かれたオリジナリティ溢れる壁を前にすれば、自ずとそんな破廉恥な熱は冷え切ってゆくというものです。
ふうと息を吐き出したランボさんに、ボンゴレが訊きました。
「ところで、ランボ、こんな時間にどうしたの?」
「いや……」
「山本やお兄さんには偶に会うんだけど。あ、ヒバリさんにも会ったりするんだけど。お前とこうやってお風呂で会うのははじめてだね」
「そうですね……っていうか、ボンゴレはよくここに来るんですか? ボンゴレの部屋には備え付けのでっかいバスルームがあるでしょう?」
「いやーうん、そうなんだけどねえ」
俺はやっぱりこういう雰囲気のお風呂が好きなんだよねえ。ボンゴレはうふふと笑います。
「日本人ですねえ」
「日本人ですからねえ。で、どうしたのよ、ランボ?」
黙り込んだランボさんを、ボンゴレは不思議そうな目で見つめました。
「ランボ?」
とても三十路の男とは思えないあどけなさは、ジャッポネーゼだからこそでしょうか。思えば、ハルさんももう三十を過ぎてるのです。日本では晩婚化がすすんでいるとはいえ、三十のハルさんは果たして、独り身でいらっしゃるのか。
「ボンゴレは」
「うん?」
「ぼんごれは、いつかけっこんするのでしょうか?」
ランボさんは前を向いたまま言いました。人と話すときは人の目を見なさい、と小さい頃色んなおとなに教わったものですが、今はそれが出来そうにもありません。歴代ボンゴレの模写絵を見上げることはできても、現十代目のボンゴレの顔だけは見られません。
ランボさんの唐突な質問にボンゴレはいったいどんな顔をしているのやら。しばしの沈黙がランボさんにはとてもとても怖く思えました。馬鹿なことを聞いてしまったと、はやくも後悔がランボさんを襲います。
「……そうだね、いつか、は」
小さな小さな嘆息をこぼして、ボンゴレは言いました。
「いつか、俺より背の小さい女の子と会えたら、そうしたら結婚しようとは思っているよ」
「イタリアで?」
「そう、イタリアで」
失礼ながら、ボンゴレは決して背が高くありません。平均的なイタリア人女性よりも小柄で、加えて童顔。ここイタリアにおいては、ボンゴレは三十を過ぎた今でも小中学生に間違えられているほどです。そんなボンゴレよりも背の低い女の子をイタリアで探すだなんて、不可能に等しいといいましょうか。
ボンゴレは不可能とわかっていて、おっしゃっているのです。
きっと。ボンゴレは結婚するつもりがないのです。そういうことなのです。
「ランボは、結婚したい人がいるの?」
「わかりません」
「でも、好きな人がいるんだね?」
妙に自信ありげにボンゴレは言いました。
「好きというか……」
好きなレベルを超している気がします。おかしいですね、もう何年もお会いしていないというのに、気持ちはちっとも褪せることなく、むしろ強くなるばかりで。
「好きじゃないの?」
「大好きなんです」
うは、とボンゴレは吹き出して、ひとしきり笑ったのち、ランボさんの肩を抱き寄せました。
「今ね、懐かしいことを思い出しちゃったよ、ランボ。俺たちが日本にさよならした日だよ。――覚えてる?」
覚えているもなにも、とランボさんは思いました。
「お前ってばハルさんハルさんって泣いていたんだよ」
「な、泣いてはいませんよ。た、耐えてました」
「そうだったかな? そうだったかもね。でもお前はハルのことが好きだったでしょう?」
心配だったのだ、とボンゴレは言います。幼くとも幼いなりに当時のランボさんが本気であったことを知っていたのだ、とボンゴレは言います。
あれからどれくらいの年月が流れたでしょうか。ざっと数えて、14年でしょうか。
14年という時の流れのなかで、幼い牛のこどもの初恋は溶けて消えてしまい、こどもはやがて成長し新たな恋を見つけたのだ。と、ボンゴレは思っているようです。
ねえ、ボンゴレ。ボンゴレが14年間変わらず誰かを思い続けていたように、ランボさんも同じなんです。同じなんですよ。
「で、その気持ちは伝えたの?」
「いいえ」
「なんで?」
「なんででしょう」
そもそも会うことさえままならないのです。
「わからないの?」
「わからなくもありませんが、うまく言葉で説明できません。ふくざつなんです」
「ふくざつねえ……。怖いのかなぁ?」
「それもあります」
「ねえ、ランボ。俺の父さんはね、堅気の母さんと結婚してこどもを作ったよ。そのこどもっていうのは、もちろん俺のことだけど」
「――はい」
「ランボ、父さんみたいな人もいる。マフィアにもそういう人はいる」
「――はい」
「お前の好きな人を俺は知らないけど、お前が好きになった人だもの、きっととっても素敵な人なんでしょう?」
だから諦めちゃだめだよ、ランボ。お前はいい子なんだから、きっと大丈夫。とボンゴレは言いました。
「あ、いい子って言っちゃあ駄目だね。お前は、いい男だよ、らんぼ」
ふふふと得意げに笑うボンゴレの顔を見つめながら、じわりじわりとランボさんの眦に涙がたまってきました。泣き虫ランボは、どんなに大きくなったって、泣き虫です。折角ボンゴレにいい男と言ってもらえましたのに、泣いてちゃいけません。が・ま・ん、です。
「――で、君たちは、素っ裸で何をやってるんですか」
地を這うような低い声が大浴場におどろおどろしく響いた瞬間、ボンゴレとランボさんは抱き合いながらひぃぃぃと声にならない悲鳴をあげました。がたがたと震える男二人の視線のむこう――立ち昇る湯気の合間から、漆黒のスーツをばっちりと着込んだ男が堂々と姿を現します。男の正体は、目を逆三角形にして怒っている六道氏でした。
「ひぁああああ! 骸だぁ!!」
「え、ちょ、ちょっとボンゴレ!?」
六道氏から逃れるようにボンゴレがランボさんの背後に隠れます。そんなボンゴレの行動を前にして、六道氏の目が一層不穏な色に染まりだしました。
「いい加減になさい、沢田くん。こんなこどもの前で君を襲うほど、僕は変態ではありませんよ」
「変態だろっ!!」
六道氏の言う“こども”とは、この場合ランボさんのことなのでしょう(ランボさんは一応成人している身なのですが……)。そして襲うとか襲わないとか……、ああ、なるほど、とランボさんは納得しました。くどいようですが、ランボさんだって一応成人しているのです。
「沢田くん、とっととお風呂から出てください。そしてちゃっちゃと着替える! 先ほど、山本武がこちらに戻る途中で怪我をしたという連絡が病院から入りましたから、急いで」
「え、ええ? 山本が!?」
「ご安心を。仕事はきっちりやり終えたそうですよ。只、本部に戻る途中で見つけた捨て猫を助けようとして、崖からすっ転んで、左腕と右足を骨折したというだけのことです。命に別状はありません」
「……」
絶句するボンゴレを六道氏は無理やり湯船から引き上げさせて、脱衣所に押し込みました。
「沢田くん、着替えくらいはご自分でできますよね? 僕はちょっとこの牛と話があるので、その間に君はそこにあるスーツをちゃんと着ておいてくださいまし。いいですか、君が持ってきた寝巻きでなくて、スーツを着るんですよ。いい加減にネクタイも自分で結べるようになったでしょう? さあ、ちゃっちゃと着替えて!」
言うだけ言って、六道氏はぴしゃりと大浴場と脱衣所の間の引き戸を締め切ってしまいました。
「――さて。そこな牛の子」
湯船につかるランボさんを冷ややかに見下ろす六道氏。恐怖のあまりがたがたと震えるランボさんに、六道氏は一層冷たい視線を当てました。泣く子も黙るボンゴレファミリーのなかでも、雲雀氏と並んで圧倒的な強さを誇る六道氏の睨みは、恐ろしいもの以外の何ものでもありません。
「とりあえず君もそこから出てきなさい。あー腰にタオルなんていちいち巻かなくて結構。そんな大層なものをつけているわけでもあるまいし」
湯船からあがるのはともかくとしても、何故に腰にタオルを巻いてはいけないのか、甚だ謎だと思いつつも、六道氏の有無を言わせぬプレッシャーを前にランボさんはおとなしく従うより他ありません。いやしかし、今、大層なものじゃないとかなんとか、そうとう酷いことをさらりと言われた気がするのですが、ランボさんはが・ま・ん、です。
「あのね、前々から君はこどもだと思っていましたが。しかしねえ、いくらこどもとはいえ、あまりおとなを困らせてはいけませんよ。甘ったれるのもほどほどにしておきなさい」
そこまで言われて、ランボさんはやっとわかりました。六道氏は先ほどのランボさんとボンゴレの会話を聞いていたのです。
「彼を困らせる部下なんてクソです。君はクソ牛です」
「……こ、困らせたでしょうか?」
「握りつぶされたいですか?」
何処を、何を、とは流石のランボさんも訊けませんでした。
ぶるんぶるん頭を振るランボさんに、六道氏は 「わかればよろしいんです」 と頷いてみせました。
「沢田くんはただでさえ心痛の多いお立場にあるんですから、せめて僕たちが彼の負担を少なくしてさしあげなくてどうするんですか。結婚の話をするだなんて、言語道断。今まで彼にいったいどれだけの縁談が持ち込まれて、彼がどんな気持ちで断り続けているか、君も知らないわけではないでしょう。守護者の立場をもっと自覚なさい」
「いや、それをいうなら六道さんも充分、ボンゴレのストレスになって……」
「お黙りなさい」
ぴしゃりと言われると同時に伸びてきた手を、ランボさんは半歩下がって避けました。あ、危なかった、とランボさんは冷や汗を流します。せっかく風呂で温めた身体が、すーっと冷えてゆくのがわかりました。
「わかりましたね。次はありませんよ? 今度また、沢田くんを困らせるようなことを言ってごらんなさい。そこにぶら下がっているものをちょん切って差し上げます。甘ったれたこどもには不必要なものですからね。こどもはママンのお乳でももらっていれば充分でしょう」
顔色を失くしてこくこく人形のように頷くランボさんに、六道氏は酷薄な笑顔を向けます。
「しかしまあ沢田くんも頓珍漢なことを言いますねえ」
「は、はあ……」
「三浦ハル」
「うぐ……」
言葉に詰まったのがいけませんでした。六道氏の酷薄な笑みはますます、薄気味悪いものへと変貌を遂げました。怖い。怖いのです。
「まだ、彼女のことが好きなんですか。君も大概しぶとい」
「は、はひ……」
「そうですねー、三浦ハルならまだ独身を通しているはずですよ」
「え」
「三浦ハルはあの沢田綱吉に惚れた女です。若干中学生にして、彼のすごさを見抜いた女が、そうそう簡単に他の男に心を奪われると思いますか? 彼が振り向いてくれなくとも、自分は彼を想い続けるまで――あの女の考えそうなことです」
六道氏はおかしそうに笑いました。
「なかなかな女じゃあありませんか――ねえ?」
「は……はあ……」
「君がそれでも三浦ハルを好きだというのなら、そんなところでうじうじとしていないで、とっとと日本にでも言って、告白でも押し倒すでもなんでもしてくればいい。玉砕してもまた立ち向かってやろうという勇気も自信も覚悟もないくせに、沢田くんをかき回して。そんなんだったら、おとなしくアルコバレーノのおしゃぶりでも借りてしゃぶっておいでなさい」
俯いたランボさんに、六道氏はわかりましたか? と念をおすように訊ねました。
「……六道さんは、ご自分に覚悟がありますか?」
六道氏のオッドアイが見開かれます。ランボさんは、今日、はじめて、まっすぐに六道氏の顔を見つめました。
「――あります。だから、僕は“彼”のそばにいると決めたんです」
堂々と言ってのけた六道氏は、颯爽と大浴場を出てゆきました。
へにゃりへにゃりとタイルの上に座り込んで、ランボさんは顔を覆いました。遠くで、六道氏が 「ネクタイの結び方はこう!」 云々かんぬん怒る声がするような気がするけれど、気にしません。
六道氏がランボさんの気持ちをすっかりお見通しであったことには驚きました。しかし、それ以上に、六道氏の言葉は強烈にランボさんを切り付けてきました。
――ハルさん。
喉の奥でハルさんの名前を何度も呼びます。何度も、何度も。
ハルさんハルさん。
ねえ、ハルさん。
オレは今でもこんなにも泣き虫で、弱虫で、意気地なしで、あなたのやさしい掌を欲しているんだ。あなたのあたたかい胸に臆面もなく飛び込めたあの夢のような日々に戻りたいと、今尚、切望しているんだよ。
でも、これじゃあいけない。いつまでも甘ったれてちゃいけない。いつまでもあなたに泣きつくアホ牛ランボのままじゃ駄目なんだ。
強くならなくちゃ。
強くなりたい。
せめて、ハルさんと対等になれるくらいには、ならなくちゃ。
じゃなきゃ、男ランボの名前がすたる。
そうして決意も新たに寝室に戻ったランボさんですが、決意したそばから、またまた例の桃色の夢に魘され、湿った下着に並々ならぬショックを受け、今度は獄寺氏と山本氏に泣きつくことになるわけで――。
な、情けない!
- これで おしまい? -
リボーン|070508初出