世界が崩壊する瞬間を想像する。
ゴジラのしっぽ
雨は小一時間程好き勝手に降りまくって、気紛れに止んだ。あれはもう驟雨と呼べる代物だと雲雀は思う。おかしいかな、ここは東京二十三区だ。日本は温帯地方で、驟雨は熱帯地方に降るものだ、と中学校では学んだはずなのに。そう遠くない未来、東京湾はマングローブの林で一杯になるかもしれない。はたまたマングローブ林で、海老の養殖業なんてものが大流行りするかもしれない。北海道の特産物が、泡盛になってるかもしれない。
世界は確実に崩壊に向かっている。
ヴェネツィアの水位は今年もまた上昇したそうだ。あの街は10年前、日本に帰国する前にふらりと立ち寄ったきりだ。あのとき出会った野良猫たちは今頃どうしているだろうか。もしかしたらもう死んでるかもしれない。いや、たぶん、死んでる。10年だ。もう、10年経った。
あの街から見える水平線を、雲雀はよく思い出す。歳若いジャポネーゼの青年(ただでさえ、日本人は欧州で幼く見られがちだ)がたったひとりで乳飲み子を抱えて水平線を見つめている様は、傍から見てさぞや奇怪な光景であっただろう。
雑誌を見ながらイタリアに行ってみたいと言っていた雲雀の小さな同居人は、自分が雲雀の腕に抱かれながら、そのくりくりの瞳でヴェネツィアの街を興味津々に見回していたことを、全く覚えていない。
「ヒバリさん」
いつの間にか、雲雀の小さな同居人が、縁側でまどろんでいた雲雀の横に座っていた。
「ヒバリさん、いくら夏だからってこんなところでねたら、カゼひきますよ」
栗色のおかっぱ髪が生温い風で揺れた。客観的に見てもかわいらしいこどもだ。
「放っておいて」
むぅと眉根を寄せたこどもを放って、雲雀は寝返りをうった。縁側から見える広くはない庭は、先ほどの雷雨のせいで緑の匂いが一層際立っていた。
ふと、背中にあたたかいものを感じて、雲雀はもぞもぞと首を後ろに向けた。
「……はなして。暑い」
「イヤ」
甘ったれたこどもは雲雀の抵抗もむなしく、ぎゅっと雲雀の背中にひっついていたまま離れない。
「僕は寝るの。お前はおばあちゃんに遊んでもらいなよ」
「おばあちゃんは今お買い物。だから、わたしもねます」
「……」
諦めたように嘆息をこぼした雲雀に、こどもは満足したように笑って、瞼を閉じた。
ねぇ、沢田?
お前の娘はかわいそうなくらいに細っこい子だよ(よく食べるくせに全然太らないんだよ。不思議だね)。君の中学生時代なんて目じゃないくらいにひょろひょろしてて細い。貧相すぎて、いっそ哀れだよ。
ねぇ、沢田。
今頃あの長靴形の半島の何処かで、人を殺しまわっているであろう、このこどもの父親を思う。
沢田。
沢田綱吉。
例えば、世界が崩壊したら。
その瞬間。僕は、この子を庇いに全力で駆けつけてくるであろうお前に、覆いかぶさるだろう。
リボーン|070411