そもそも手紙を書こうと思い立ったのが、日付が変わる直前のことだった。ガラクタばかりが詰め込まれた勉強机に、女の子にあげるに相応しいレターセットが入っているわけがなく、かといって真夜中に文房具屋が開いているはずもなかった。よれよれの寝巻きにサンダルをつっかけて、自転車をコンビニまで走らせてみたものの、しっくりくるものはなかった。
わりとすぐに何でも諦めがちな沢田綱吉は、このときばかりは妙に諦めが悪かった。
何か書かなくちゃ。書かなくちゃいけない。だって、だってもう、会えない。会えないかもしれない。いや、きっともう会えない。自分は、明日つるぴかの校長先生に卒業証書を受け取ったら、すぐに自家用ジェット機に乗って、地中海に飛ばなきゃいけないのだ。
いつも赤点だった数学のノートを引っ張り出して、最後の頁を破り取った。それしか紙らしい紙がなかったのだ。広告の裏紙よりはよっぽどマシだろうと思った。それに、こ洒落たレターセットよりも、こういうほうが自分には似合うような気がした。

イタリアの港町の昼下がりは、きらきらと、きらきらと。それはまるで水底から見上げた揺らめく水面のような。
赤と白のパラソルの下で、ドン・ボンゴレ沢田綱吉はあふぅと欠伸をひとつ噛み締めた。
懐かしい夢を見た。きっと、この色褪せた手紙のせいだ。
何か伝えたくて、何を伝えたらよいのかもわからなくて、何度も何度も書き直した手紙が、今、綱吉の手のなかににある。結局書き上げることができずに、ゴミ箱に捨てたはずのそれは、10年経った今になって、ひょっこりと綱吉の手元に戻ってきた。奈々の仕業だ。
「……まったく、母さんってば。こんなものゴミ箱から漁らないでよ」
潮風に吹かれながら、ドン・ボンゴレは今一度手紙を開いた。
HBの鉛筆を片手に握り締めて、この手紙に向かっていたときの沢田綱吉は、大層緊張していた。緊張のあまり掌は汗をかき、紙にぺったぺった張り付いて、大変だった。よれよれとした紙は掌の汗を吸った証拠だ。紙の表面が不自然に毛羽立っているのは、気の利いた文章が思いつけなくて、何度も何度も書いては消し、書いては消しを繰り返したせいだろう。
それにしても、まあ、なんとへったクソな字だこと。と、ドン・ボンゴレ沢田綱吉は、笑った。

にゃおーとイタリアの猫が鳴く。泣かないでちょうだいよ、ボンゴレさん。
なおーとドン・ボンゴレは鳴いてみせた。泣いてなんかないさ。ただ、懐かしいだけだよ。

大好きでした、と。
そのたった一言を伝えたくて、伝えられなかった、あの別れの春。
ねえ。この想いは、綿菓子のようなあの女の子に、まだ届くでしょうか。


色褪せた手紙からは懐かしい匂いがした
20070405

title by【フルッタジャッポネーセ】