二週間の試験週間もいよいよ明日で終わりだ。最後の試験に向けて黙々とノートに目を走らせる一護の横から、ぺらぺらぺらぺら―――今夜の朽木ルキアはいつになくよく喋る。兄、朽木白哉と一緒に桜を見に行っただとか、尸魂界のお茶の間では犬のまんまちゃんとやらが大流行しているだとか、朽木白哉に手作りチョコレートなるものを渡してみただとか、数日前に乱菊に勧められたボーイズラブ小説を読んでカルチャーショックを受けただとか、朽木白哉に頭を撫でてもらったのだとか、話は尽きず、そしてその話の半分以上は朽木白哉に関することばかりだった。
(……ああ、こいつ、ブラコンなんだな)
ルキアのとりとめもない話を右から左に聞き流しながら、黒崎一護はぼんやりと思った。そして、ルキアには彼女自身がブラコンであるという意識が著しく欠けているのだろうとも、一護は思った。
かつて、彼ら朽木兄妹をつなぐものは、一護の思う兄妹愛とはおよそかけ離れたものであったはずだけれど、この数年の間に朽木兄妹の関係は著しく変化したらしい。白哉のことを嬉しそうに話すルキアから、それは容易に想像できた。
よい傾向だと一護は思う。家族は仲がよければ、それにこしたことはないに決まっている。これからどんどん仲良くなってゆけばいい。それでこそ家族だ。兄妹だ。
兄様、兄様。ルキアの話は終わらない。一護は嘆息とともに、広げていたノートをぱたりと閉じた。
「……ん? 一護、もう勉強はよいのか?」
よいのか、と言われても、勉強に励む男の横でべらべらべら喋り続けていたのはどこのどいつだ。一護が心のうちでこっそりと苦笑する。
「ルキア、お前、ちょっとこっち来い」
「は?」
「いいから、来い」
「なんだ、やっと私の話をきちんと聞く気になったか?」
「はいはいはい。わかったから、来い」
そうかそうか、とルキアは破顔させながら、一護の傍による。
「それでな、兄様がな」
「……」
この状況下で、兄様の話をしてくれるのか。一護は天井の蛍光灯を仰ぐ。これは天然か、それとも確信犯か。
「あーもう、分かったから連呼すんな。兄様、兄様、兄様!」
「なんだ、藪から棒に」
「いや、藪から棒じゃねぇーし」
「そうか?」
「そうだよ。お前な、こういうときはな、黙るのが筋ってもんだ。家族の話なんてもってのほかだ。朽木家の大事なお嬢さんを預かってる身であるはずの俺の良心はただでさえ痛んでいるというに、これ以上痛みつけるもんじゃねえ」
「痛んでいたのか?」
ルキアの首筋に顔をうめながら、一護はこそりと笑った。ルキアも笑っているようだった。
「痛んでるさ。だから、今のお前は俺にひどいことしてるの、わかるか?」
「客人を二週間も放っておいたお前も十分ひどいだろう」
「馬鹿野郎。それはお前がアポなしで突然やってくるからいけねえんだろう。――いいか、ルキア。お前が黙らねえってんなら、俺はまた勉学に励んでやるぞ」
「…………」
ルキアはむむむと顔をしかめたものの、一応は口を噤んだ。そうだ。いい子だ。一護は満足気に頷く。抱きしめた細い身体は、緊張しているのか、少し硬かった。
「別にいけないことをするわけじゃねえだろう」
「……い、一護、顔がとてつもなくやらしいのだがっ」
「俺も健全なオトコノコですので」
さて、と一護はルキアの服に手をかける。気恥ずかしさから慌てるルキアににやにやと余裕の笑みを浮かべたのは、一瞬のこと。ふいに落とされた爆弾発言に一護は顔を歪ませた。
「あ。そうだそうだ。一護、私がこっちに来るときに、兄様がこの前ちらりと零していたのだがな」
「……後にしてくれ」
「ならん。真面目な話だ」
この期に及んで真面目な話? い、いやな予感が……。一護の額に冷たい汗がうかぶ。
「い、言うな、ルキア。言うな」
何も言ってくれるな、この状況下で。
「兄様がな、ひとり目は女子がよいな、と言っておられたぞ」
「じょ……!?」
女子がよい。それを言った朽木白哉の顔を、一護は想像する。想像のなかの白哉は、一護にむかって冷ややかな笑みを浮かべていた。さあ、私の目が黒いうちにうちのルキアに手を出せるものなら、出してみろ、と。

070211/BLEACH