「愚かな……!」
呻くように言葉を吐き出したのは、里の有力者のうちのひとりだった。いっそ見事と思われるくらいに色素の抜けきった頭髪と、顔に刻まれた深くて頑固な皺は、そのまま彼の頑な人柄を表しているかのようだ。典型的な伝統心酔者。掟と慣習と下らない“常識”に塗り固められた世界に生きている老人だった。もっとも、この場にいる者の半数は、彼のような外見とそれを裏切らない考え方を持つ人間ばかりであったのだけれど。
そんななかで、はたけカカシは火影と呼ばれる里の頂点に君臨する人間の横に控えつつ、会合の様子を傍観していた。
老人の吐露を最後に、この場を支配したのは重い沈黙。誰も口を開こうとしない。皆、一様に沈黙を保ってはいるが、内心では老人の先ほどの言葉に頷いているであろうことは容易に想像できた。ただそれを老人と同じように口にすることができないのは、相手が皮肉にも彼らが長い歴史の中で崇めるべきとしてきた火影であったからだ。火影に意見を申すなど畏れ多い。例え、現火影が彼らにとって忌むべき存在であったとしてもだ。かくいう件の老人も本当はそれを口にする気などさらさらなかったのだろう。しまった、と言わんばかりに皺だらけの手を血管が皮膚に浮き出るくらいに握り、自分の失言を悔やむように唇を噛締めていた。その額にうかぶ汗の量たるや。傍からみている分には滑稽とも思えるほどだ。
カカシはちらりと横の火影を見やる。
総勢100人は超える先鋭の忍たちと有力者たちの前で、火影は足を緩く組み鎮座していた。その端整な横顔にはまだどこか幼さすら残っている。歴代一の天才忍と謳われた悲劇の英雄、四代目火影の実子にして、その腹のなかに九尾と呼ばれる化狐を飼っている青年。先の第四次忍界大戦終結の折にそれは既に周知の事実となっている。そんな彼が六代目火影に就任したのは、それほど昔の話ではない。
若き火影はただ座っているだけてまわりを圧倒するほどのものを持っていた。この場にいる全員が、ただ黙るだけで呼吸をするのが精一杯の状態だ。就任当初は、まだどこかまわりの連中になめられたところがあったというのに。今はそれの欠片も感じられない。
なんという成長の早さか。
彼の嘗ての師でもあるカカシは舌を巻く。我が弟子ながら天晴れだとも思う。否、流石、四代目の息子と言うべきか。
「……まああんたらの言いてーこともわからんでもねーけど……」
決して明るくはない室内に緩やかに注がれる太陽の光が、わずかに火影の帽の下からこぼれる金色の髪に輝きを添える。
「アレはオレの唯一無二の親友なんだよ」
個人的な理由で悪いけどよ。火影はそっと胸元に手をあてる。そんな火影の様子を、カカシは彼の横で黙って見つめていた。きっと部屋の最後尾にいる桜色の髪の毛の少女も、カカシと同じように火影を凝視しているに違いない。
「しかし……!!」
「責任はオレがすべてとる」
異論を唱えようとした者をぴしゃりと黙らせると火影はさっと立ち上がった。
「新しい班分けの発表はまた後日。今日は、とりあえず解散だ」
「ほ、火影さま!お待ちくだされ!」
皆の静止もきかず火影は着物の裾を翻し、そして次の瞬間には彼の姿はもう既にそこにはなかった。あまりの鮮やかなその様に、皆が呆れ通り越して、感嘆の声さえあげている中、カカシだけがやれやれと至極面倒くさそうに頭をかいたのは言うまでもない。よく言えば斬新、悪く言えば掟を軽視しすぎる現火影の尻拭いはいつも彼の仕事だった。
※
里の外れの原っぱの真ん中で、ナルトは火影の帽を取り払った。帽のなかで蒸れていた頭に新鮮な空気が流れ込む。ほっと息をつくと、ナルトは横に徐に視線を移す。そこには群青色の衣服を着用した黒髪の青年が、ナルトに横顔を向けるように立っていた。数秒前までは、影も形も匂いも気配すらも感じられなかった場所に、だ。
「相変らず気配を消すのが上手いなー」
「おまえが下手すぎるんだ。ドベ」
「ドベ言うな」
ため息交じりの黒髪の青年――うちはサスケ――の台詞に、ナルトはむっと口を尖らせてみせるが、彼がどこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「おまえが火影なんて、木の葉の先が思いやられるぜ」
「だーかーらー、サスケを上忍に推したんだってばよ?お頭の大変よろしいお坊ちゃんは火影さまの補佐役。オレってば頭よくねぇ?」
「……」
からからっと豪快な笑い声が、原っぱに響く。
「元お尋ね者で、地下に幽閉されてた人間をよくも上忍にするなんて思いつくな。しかもいきなり上忍のまとめ役だぁ?」
信じられねぇ。これだからウスラトンカチは……、とサスケは呆れたようにまたため息をついた。
「里の人間が黙っちゃいねぇぞ」
「おまえのことだから、どーせさっきの部屋にも潜んでたんだろ?なら聞いてただろ。“火影さま”の保証つきだ。誰にも文句は言わせねぇってば」
「言わせねぇどころか、文句三昧だ。おまえが部屋から消えたあと、カカシが必死こいて皆を宥めてたぜ」
「いいんだよ」
カカシ先生ってばいつも仕事さぼってばっかでちっとも使い物にならねぇんだもん。たまには給料分働いて貰わなくちゃぁ。
ナルトは僅かに赤みを帯びてきた西の空を見つめた。サスケもナルトの視線の先を追う。赤い太陽光が目に染みた。
「……オレがまた抜け忍になったらどうすんだ」
「またオレがおまえをとっ捕まえてやるからせいぜい覚悟しとけ」
「……すげぇ自信だな」
「おまえが二度と馬鹿なことを仕出かさねぇだろうな、っていう自信もあるってば」
ふふん、と胸をはったナルトにサスケは一瞬目を丸くし、そして呆れたように肩を落とした。
「どっからそんな当ての無い自信が湧き出てくるんだ」
「親友だから」
即答したナルトの横顔を、サスケは見つめる。
「親友のことは親友が一番わかるってばよ」
にしし、とナルトが笑う。
「オレはこの里が大好きなんだ」
「知ってる」
親友だからな、とサスケは小声で言った。ナルトはそんな小さな声もしっかりと聞き取って、嬉しそうに頷いて見せた。
「オレは里を守りたい」
「ああ」
だから、ナルトは強くなった。だから、ナルトは火影になった。
「だからおまえの力が必要なんだよ」
ナルトはそっと胸元から銀色の小さな手のひら大の板を取り出した。サスケの黒目がちな瞳が大きく見開かれる。木の葉の忍者だけが着用されることの許される額宛。そしてその中心の木の葉の里のシンボルマークにくっきりと入った傷。サスケが嘗て所有していたものだった。
「また、つけてくれるってばよ?」
差し出されるそれを、サスケは受け取り、自分の額に当てる。
至極嬉しそうに破顔させる親友に、サスケもまたぎこちなくではあるが笑って見せた。
木の葉隠れの里
ナルト20代前後か(NARUTO/2005.04.05)