アルカリの海を泳いできたの
キスの合間に、女に生まれてきてよかったわ、と言って涙まで見せてくれたオンナノコが、その数時間後には、女なんてろくなもんじゃない、と呻いているものだから、ここは男としてどうしたらよいんだろうと蓮は真剣に悩んだ。とりあえずごめんねごめんねと繰りかえして髪を梳いてやれば、彼女は忌々しげに鼻を鳴らす。ご立腹らしい彼女に蓮は困惑するばかりだ。彼女が怒る原因が少なからず自分にあるということを自覚している分だけ、余計に、蓮の困惑は深い。
ふいに髪を梳いてた掌を抓まれて、い、と呻いた蓮は次の瞬間に落とされた彼女の爆弾発言に、絶句した。
「で、ご満足いただけました?」
「は?」
「気持ちよかったですか?」
「……!」
どっかで聞いたような台詞はそれこそ数時間前に蓮が彼女に問いかけたそれに近い。彼女のやわらかな乳房に唇を寄せながら、気持ちいい? なんて睦言よろしく意地悪く問いかけたり、他にもあーんなことやそーんなことをやらかした蓮に対する彼女なり意趣返しのつもりらしい。
「どうなんです?」
彼女のかすかにかすれた声は情事の名残であるはずなのに、情事の甘やかさなんぞ綺麗さっぱり吹っ飛ばしてしまうような冷ややかな視線が蓮をいつになく焦らせた。彼女の意趣返しは効果覿面だった。
「……それはもう」
まさか嘘なんて吐けるはずもない蓮がしぶしぶといった風に正直にこたえると、彼女はしかめっ面を解いてぶはっとふきだした――と、思ったら、彼女は酷使されたばかりの下ッ腹を抱えてベッドの上で翻筋斗打ちだした。
「ちょちょちょっと最上さん!?」
「いいいい痛いぃーもうほんと痛すぎるんですけどアハアハ」
痛い痛いと言いながらも笑い転げる彼女に、蓮はいよいよ本格的にうろたえながら彼女の背中を擦ってやった。おろおろとしている蓮を他所に、彼女は眦に涙まで浮かべて笑っている。
やがてベッドに突っ伏した彼女はそのまま肩を振るわせだした。ひ、ひ、と咽喉に引っかかったような笑い声が蓮の耳に聞こえる。彼女は気が狂いでもしたのか、そんなソラ恐ろしいことを考えつつ、ごめんねごめんねごめんねと何度も何度も繰りかえしてようやっと彼女の笑い声が落ち着いた頃、その頃になってはじめて、蓮は自分のうっかりさ加減に憤死しかけた。
(まさか、)
「……泣いているの?」
おっかなびっくり問いかけてみる。突っ伏したままの彼女の頭がシーツに額を擦りつけるように振られた。泣いてなんかいない、と彼女は無言でそう主張している。とんでもない大嘘だった。無理やり彼女のカラダを抱き起こしてみれば、涙でぐちゃぐちゃの顔が蓮の前にさらされた。
いったいいつから泣いていたのか。それとも最初から? 誰が彼女を泣かせた? 俺か?
(俺だ!)
頬をぬらす涙を掌で懇切丁寧に拭ってやりながら、蓮は眉を八の字に歪ませた。
「痛かった、よね?」
自ら尋ねておきながら彼女のこたえを聞くのが怖くて、蓮は畳み掛けるように言った。
「イヤだった? 俺に触られるの気持ち悪かった? もうしたくない? 俺のこと、嫌いになった?」
どんと胸を拳で叩かれる。
「違います! 嫌いになったとか、そ、そういうんじゃなくって……!」
「よ、よかった」
彼女の拳をぎゅうと握り締めながら、蓮は安堵のため息をつく。
「頓珍漢な勘違いしないでください! も、もうほんと、ししし死ぬほど痛かったっけど」
痛かったという彼女には悪いけれど、もうしません、とは口が裂けたって言いたくない。次はもっと善処します、と誓うのがせいぜいだ。男ってつくづく情けない生き物だなと蓮が遠い目をしていると、彼女が、でもね、と言った。
「でもね、敦賀さん」
「うん?」
敦賀さんがちゃんと気持ちよかったならこんなに嬉しいことはないのよ。
そう言って、やっぱり女に生まれてきてよかったわ、とぼろぼろと涙をこぼすオンナノコを抱き寄せて、抱きしめて、自分は男でよかったなあと蓮は心の底から思った。
スキップ・ビート!|蓮×キョーコ|090524