唇を噛み締めて唸って
世の中には努力ではどうすることも出来ないってものが、やはりあるものらしい。
役者を生業とする自分としちゃ残念だけれど、だけど、演技には限界ってものがある。いくらリアルを追求したって、いくら誰かに成りきろうったって、いくら誰かの気持ちを分かろうったって、無理なものだって確かにある。嗚呼、こんなふうに演技を否定するようなことを言ったら、彼の月影先生はどんな具合に怒り出すだろう。
でも、月影先生。あなたならどうしますか。この状況でもよがり声を出せとでもおっしゃるんですか。よがってみせてこそ、本物の役者だとでもおっしゃいますか。
「ちょ……ちょっと」
「何ですか?」
何ですか?、じゃなくて……。
恋人の頼みだから、出来ることなら何だってしてやりたいし、実際今まで出来る限りのことはやってきたつもりだ。逆もまた然り。彼女には幾度と世話になった。ドラマや映画の役作りと称しては、彼女にそうとう無理な頼みをした覚えがないわけでは決してないし、持ちつ持たれつの関係ではあるけれど、だけど、どうしたもんだろう。恋人の役作りのためとは言え、今回ばかりは協力を躊躇わずにはいられない。
ってなことをぐるぐる考えている間にも、彼女のほうは一足先にその世界に入ってしまったらしい。
「ちょ、ちょっと待ってくれないか、キョーコちゃん……」
妖艶といえば妖艶な笑顔だけれど、決定的な何かがずれている気がしてならない。こういう笑顔に欲情してしまえる男ってのはいったいどういう男なんだ。幸か不幸かその手の趣味を持ち合わせてはいない俺は、口元を引きつらせるだけで精一杯だ。
冷や汗を流す俺を見下ろしながら、“キョーコちゃん”が薄っすらと笑う。
嗚呼!!
もはや手遅れか。俺はひとり現時世界に置いてきぼりをくらって、一方彼女のほうはというと、そんな挙動不審な俺を前にして、サディスティックな欲求にますます拍車がかかっているかのよう。
「ま……待って……」
そうだ。ここでガツンと言えばいいんだ。こんな風におどおどするから、余計に彼女は別の世界に浸っていってしまうんだ。とにかく一刻も早く彼女をこっちの世界に引き戻さなければ。
さあガツンと。ガ、ツン、と………。止めなさい、と。
―――い、言えるか!!
ガツンと言った日には、その右手にある鞭がピシリと飛んでくるかもしれない(鞭とはいってもその辺のリボンで即興で作ったお粗末なものだけれど)。はたまた、口答えすんじゃないわよ!とか、怒鳴られてしまうかもしれない。
「さぁ、冬彦さん」
嗚呼、幻覚が見える。薄暗い部屋にたちこめる妖しげな雰囲気。部屋の片隅には男が愛用する木馬。女が履くのは、編み上げ黒レザーブーツ。ピンヒールの先がキラリと光って、獲物を虎視眈々と狙っている。女がリボン―――もとい鞭―――を鳴らして、紅い唇を歪めた。
誰だ! あのドラマのリメイク版を作るなんて言い出した人間は!!
スキップ・ビート!|060628初出