崖っぷち☆ラブストーリー



 人生の負け組み。売れ残り。不良品。
 挙げていけばきりがないほどある不愉快極まりない言葉が、この世にはある。
 最上キョーコ、今年で29歳。三十路一歩手前――彼女のような年齢にして未婚の女性を総じて、人は“崖っぷち”と呼ぶ。

「ていうかぁ、なんで私が“売れ残り”扱いされたうえに、哀れみの目で見られなきゃいけないんですかね!?」
 どん、とリビングのガラス製のセンターテーブルを叩くのは、やはりこの女、最上キョーコだ。その横で、ガラスが割れてしまうのではないか?、と内心はらはらしているのが、敦賀蓮であった。
「いい歳した女性がね、『ていうかぁ』なんて言うもんじゃぁありません」
「うるさいですよー。そこのオジサン」
「オジっ!?」
 芸能界一いい男といわれ続けて、早○年。所謂“いい男”の部類に入る若手俳優やらタレントやらが続々と生まれてくるなかで、相も変わらずその地位を欲しいままにしている敦賀蓮、御歳33歳。歳を重ねることによってさらに色気が増したとお褒めに預かることはあっても、面と向かって「オジサン」と言われたのは、初めてだった。というか33歳なんてまだまだオジサンじゃぁない、と蓮は激しく主張する。とはいえ、さしもの蓮もキョーコのストレートすぎるパンチには、かなりのショックを受けたようで、がっくりとテーブルに突っ伏した。
 ところが、最上キョーコときたら、そんな傷心の蓮には全く興味がないらしい。
「人生結婚がすべてじゃないわ。すべてじゃないのよ!」
「……」
「聞いてます? 敦賀さん」
「わりと……いえ、しっかり聞いてます。続けてください」
 崖っぷちの女とは末恐ろしい。たった一睨みで、天下の敦賀蓮の背筋を凍らせるのだから。
 蓮はキョーコに気づかれないようにそっとため息をつき、いつから俺は彼女に敵わなくなったのかなぁ……と、懐かしい過去を思い起こしてみる。
 10代の彼女はまだまだ蓮の発する一言一句に一々怯えている節があって、蓮もそれをわかったうえで面白がってよく彼女をからかったものだ。それがいつのまにか、蓮に対して耐性を持った上に芸能界という荒波にもまれた彼女は、かなりの強かな娘に変貌した。20代半ばにはそれが顕著になっていたような気がする。そこからはあれよあれよという間の逆転劇。気がつけばこんな状態だ。
「世の中には一生独身で通す女だってごまんといます。それにいまの日本は晩婚化が著しく進んでいるんですよ! 高齢出産も当たり前!別に私が特別なわけじゃないわ」
「そうだろうね。でも、そこまでわかってるんだったら、人の言うことなんか気にしなければいいじゃない?」
「でも悔しいじゃないですかぁ〜」
「悔しいだの何だのそうやってぶーたれるなら、結婚すればいいだけの話だろう? 別に相手がいなかったわけじゃないでしょ?」
「そうですけどぉお」
「……一々語尾を延ばさない。聞き苦しい」
 むすっとしてソファのクッションを抱きしめて蓮を睨んでくるキョーコの姿からは、彼女が三十路前などということはおよそ想像がつかない。ほっそりとした二の腕は、10代の頃と変わらず――とまではいかなくとも、それでも同年代一般人、ひいては芸能人と比べても十分すぎるほど瑞々しい(そりゃあ女優なりの加工や努力は怠っていないことであるし。金のかけかたが一般人とは違うのだ)。顔は所謂美人の類ではないものの、芸能人としての華やかさを持ったそれは世の男を惹きつけてやまない(らしい)。
 そう、キョーコは世の男の憧れの的だ。年齢など関係なく。先日もどこかの雑誌で奥さんだか恋人だかにしたい女優ランキングで当たり前のようにトップ10入りしていたとか。そんなキョーコの私生活において男の影がちらつかないはずもなく。
「そういえば、あの男はどうした? えっとなんだっけ……どこかの青年実業家?」
「あんなくだらない男、すぐに別れちゃいましたよ。もう半年も前の話です」
「半年前って……俺が君とその青年実業家が付き合っているって聞いたのは、丁度それくらいの時期だよ」
 指で計算してみて、あれ、と蓮は首をかしげた。
「ねえ、君、その彼といったいどれくらい付き合ったの」
「1週間」
「君は馬鹿か」
 実にあっさりととんでもないことを言ってのけるキョーコに、蓮はため息を禁じえない。
「いい歳した女がそんなフラフラしただらしない生活をするもんじゃあありません」
「別にふらふらなんか」
「してるでしょ?」
 キョーコは唸り声を上げた。しかも睨まれている。怖い、と蓮は顔を引きつらせた。
「うん。まあ、なんだろう。そんなに焦らないで、いいんじゃない? とりあえずは、落ち着いてみなさいって」
「焦りますよ! 私もあと一年もしないうちに、30歳ですよ! さ・ん・じゅ・う・さ・い!」
 瞬間、蓮のなかでブチっとくるものがあった。
 さんじゅっさい? さんじゅっさいの何が悪い? 三十路で何が悪い。三十路は楽しいんだぞ! ひとりだって、さみしくは、ないんだ!
「……わかったよ」
「なにがですか」
「だったら俺が保険になってあげるよ」
 それは、キョーコが久方ぶりにみる蓮の“似非紳士スマイル”だった。
「は?」
「君が30歳の誕生日までにどうしても結婚相手が見つからなかったら、俺は結婚相手になってあげよう。俺もそろそろ身を固めなきゃなぁ、とか思ってたから丁度いいし」
 アメリカのパパがうるさいのよね、と心のなかでそっと付け加える。
「丁度いいって、そんな……」
 動揺のためか完全に声の上ずっているキョーコに、蓮はたたみかけるように話し続けた。
「俺は何かとお得だよ? 一応これでも“芸能界一いい男”だし、連れて歩く分には自慢の種になるでしょ。収入もかなりあるし。学歴だけは微妙だけど、そんなことより何より、俺たちってなにげに気心が知れてる者同士だしね」
 その後たっぷり30分は考え込んだキョーコが蓮に了解の意を示した理由は、果たして彼女が彼の提示する“お得情報”に心惹かれたためか、それとも――。

スキップ・ビート!|2004初出