空色の車は朝焼けに向かって
猛スピードで進んでいく自転車に振り落とされないように。大好きな人の大好きな背中に掴まって。ドキドキするお互いの心臓の音を、お互いに確かめ合って、さらにドキドキして。2人の秘密の基地に、2人だけしか知らない朝日を見に行くんだ。
それで、そこで彼が言うの。
「結婚してください」
って。
「……君は莫迦か」 と呟く蓮の顔は悲壮に満ちていた。
「莫迦とはなんですか。これが私の理想のプロポーズです!」
「どっかのアニメ映画の見すぎだ。トトロもびっくりだね。マックロクロスケも逃げてくぞ」
「あの映画に出てくるのは、トトロでもマックロクロスケでもなくて、猫の男爵の置物です。いいじゃないですかぁ、自転車に二人乗りして、朝日を見に行くだなんて。ロマンチックの最たる例です!」
「俺はゴメンだね。中学生じゃあるまいし」
「中学生だろうが、高校生だろうが、大学生だろうが、社会人だろうが、素敵なシチュエーションだと思うんだけどなぁ……」
むぅっと頬を膨らませて拗ねるキョーコを横目で見ながら、蓮は拗ねたいのは俺のほうだ……などと思っていた。
だいたい、なんだって今俺達はこんな下らない会話をしているんだ。上がり性とは間逆を行くタイプだとばかり思っていた自分が、ガラにもなく心臓をばっくんばっくんと鳴らして、キョーコにプロポーズをしたのは、今からほんの数秒前のこと。
あぁ、認めよう。
ロマンチックなシチュエーションだったとは、お世辞にも言えないプロポーズであったことは認めよう(何せお笑い番組を見ながら夜食を食べているときにに、何気なしに「結婚しようか」なぁんて言ったわけであるから)。
だけど、こんな仕打ちをうける筋合いは、蓮にはない。まったくもって無い。プロポーズの返事はなく、さらりと流され、追い討ちをかけるがごとくキョーコに理想のプロポーズのシチュエーションについて延々と語られるだなんて。酷過ぎるったら。
「じゃぁ、なんだ。君は俺のこんな味気ないプロポーズは受けられないと?」
「味気ないだなんて言ってないじゃないですか」
「同じようなことを言ってるだろ」
「……言葉や状況にこだわるなんて下らないことだってわかってますよ。そこに心がこもってなきゃ本末転倒も甚だしいですからね。だけど、それでも、ちょっとはロマンチックにして欲しいと思うわけですよ。それくらい、女の子にとっては結婚って大きなイベントだし、夢にあふれたものなんです」
――結婚は大きなイベント。
それは、もちろん男にとっても言えることだ。だから、「結婚してくれ」 のたった一言を言うために、あんなに心臓が異常なまでに早鐘をうつし、緊張もする。
彼女の言い分もわかるが、男からしてみればこんなに緊張しているところに、さらにロマンチックになるように考えろ、だなんて酷な要求じゃないか?
相変らず拗ねているキョーコを横目で見つつ、蓮は軽くため息をつく。 「仕方ないなぁ」 そう言わんばかりのため息だ。
「え? 敦賀さん?」
唐突に立ち上がった蓮を見上げるキョーコの瞳は、若干不安げに揺れている。蓮の機嫌を損ねたのだろうか、とか心配しているのだろう。
まったく、そんな弱々しい顔をするくらいなら、最初っから文句なんか言わないで、素直にプローポーズに頷いてくれればいいものを。
「行くよ」 ほら、とキョーコを無理やり立たせる。
「え? 何処へ?」
「朝日を見に行きたいんだろう? 二人乗りで」
ここから一番近い高台は何処だ。てゆーか、そもそもそんな都合のよい場所が、都内にあるのか。いや、きっとある。あの映画は確か京王線沿線がモデルだったはず。
「え、じゃぁ……」
「悪いけど、自転車はパスです。車でいくけどいい?」
車の鍵はどこにしまったっけ? 家の鍵は?
「いいい行ってくれるんですか!?」
「だから車でね」
「敦賀さーん!」
大好きですよー!と満面の笑顔をたたえる恋人はつまり自分のプロポーズを受け入れてくれたことになるんじゃないか、と考えをめぐらせる敦賀蓮、数え年26歳。中学生にだって負けない青春真っ盛りの真夜中。
スキップ・ビート!|2004初出