「オタンコナス!」

涙がキラリ☆の
その後で





 あーんあーんと、そりゃあもう小さいこどもみたいに泣くんだよ。俺の胸にしがみついて、離れなくて、あーんあーんと。泣くだけじゃない。敦賀さんの馬鹿野郎!とか人を罵倒してくれるのも、ちゃんと忘れないところは、さすが最上キョーコ。
 職業柄、カレンダー通りに生活することがない俺だから、あまり土曜日だとか日曜日だとかって意識することがないんだけど、今このときばかりは今日が日曜日の早朝でよかったと俺は心の底から思った。だって、こんな道のどまんなかで、抱き合って。平日だったら、この道は通勤するサラリーマンだけだ。悪目立ちするに決まっている。しかもキョーコちゃんってば、こどもみたいに大泣きしてるし。
 ずっと気が張ってたのかな。そうなのかな? そうだよね。きっと、昨日の夜からずっと。
 ごめんね。ごめんね。と謝ってみるんだけど、聞こえてるんだか聞こえていないんだか。擦った背中はちょっと骨ばっていた。痩せたのかなあ。仕事が忙しかったのかなあ。
「ごめんね、キョーコちゃん」
「……い」
 何度か謝ったあとに、胸元からキョーコちゃんのくぐもった声が聞こえた。
「はい?」
「敦賀さん、お酒くさい……」
「……し、仕方ないでしょう」
 やっとこさ顔をあげた女優さんは、そりゃあもうひどい顔。鼻水出てるし。
 ごそごそと鞄からハンカチを取り出して涙と鼻水と拭う彼女をじっと見つめてると、俺の視線に気づいた彼女は、でへへ、と照れくさそうに笑った。えへへ、じゃなくて、でへへ、だよ。でへへ(かわいいなあ!)
「あの、ごめんなさい。敦賀さんのシャツ……」
「うん」
 鼻水がべっちょりついてるな。まあいいけど。
「あのさ」
「はい」
「キスしても、い、いいですか、ね?」
 鼻の頭を真っ赤にさせている彼女が、きょとんとする。
「はい?」
 あれよあれよという間にに鼻だけじゃなくて、顔中が赤らんでゆくキョーコちゃんは恥ずかしがっているようにも、怒っているようにも見えた。いったい何を言い出すんじゃ、お前は、とでも言いたいんだろうとは思うけど。いや、だって、さっき、酒くさい、とか言われちゃったし。一応、事前に確認をとっておいたほうが、いいかなーっと。俺も少しは気が利くようになったんだよ。
 ――ねえ、嫌だったら言って。部屋に戻って歯ブラシしてくるから。
「……まったくねえ、昨日の夜、強引だった人の台詞とは思えませんね」
「え?」
「覚えてないんですか? 人のことこうやって押さえつけて」
「え、ちょ……い、いいいい痛い! キョーコちゃん痛い! ぶふ」
 肘固めのあと(俺は絶対にそんなことしてないはずだ!)、いきなり押し付けられた唇越しに、ほのかな出汁巻き卵の香り。しまった。この匂いはきつい。二日酔いの頭にはけっこうくる……。
 結局その後、俺は洗面所ではなくて、その隣のトイレに駆け込んで、キョーコちゃんに介抱されることになったわけで。



初出2007.2.28