「エドワード!」
軍の建物の廊下に、いつになく余裕の無いロイ=マスタング中将の声が響き、その声に誘われるように、蜂蜜色の髪の毛が宙を舞った。
蜂蜜色の髪の毛の持ち主は、まだどこか少女っぽさが抜けない感が否めないが、これでも20歳を過ぎたれっきとした大人だ。長年の彼女のコンプレックスだった低い身長も人並みになったし、幼さの象徴であったふっくらとした顎のラインは、ここ数年ですっかり大人の女性らしくなった。それでも血色のよい頬や唇は相変わらずで、また全体的に体の線が細いことから、どうもまだまだ大人の女性とは言いがたいものがあったが、しかし、くどい様だが彼女は年齢的には成人女性である。
しかも、既婚者だ。
今をときめくロイ=マスタング中将の妻、エドワード=E=マスタング。地位は少佐相当の国家錬金術師。しかも強者ぞろいの国家錬金術師たちのなかでも、ぬきんでて優秀な逸材ときたものだ。
ロイはエドワードの目の前に来るやいなや、その細い手首をしっかり掴み、それから乱れた息を整えるべく深呼吸を繰り返した。一方、エドワードは顔色一つ変えずに、自分の下に駆け寄ってきた旦那にして上官のロイを見上げた。
「……あんたもずいぶん体が鈍ってきたじゃないか」
「何を言う。私はまだまだ現役だ」
「どうだか、たったこの距離を駆け抜けただけで、その様子じゃ、軍人としてまずいんじゃねぇの?筋トレしろ。筋トレ」
「私としては、筋トレより、君と夜……げふっ」
瞬間、ロイの言葉を遮るように、エドワードの右腕から繰り出された肘鉄が、見事ドンピシャでロイの鳩尾に入った。痛恨の一撃に、もはや声も出ず、ロイは情けなく眉根を寄せることぐらいしか出来ない。
「い、いくらんなでも。ひどいじゃないか、エディ」
「うっさい。下品なこと大声で言うな!」
「そんな下品なことを夜な夜なしてる君だって、下ひ……うわわ!ま、待ちなさい、エディ!話せばわかる!」
「エ・ド・ワ・ア・ド!!」
「エドワード!わかったから、その物騒なものを降ろしなさい!」
と、額に押し付けられたピストルを、ロイは強制的に降ろさせた。が、エドワードの鋭い眼光は相変わらず、ロイを睨みつけている。
「まったく、君には冗談と言うものが通じないのかね」
「下ネタ絡みの冗談なんて、お断りだ。無能、阿呆、莫迦」 鈍い光を放つピストルをしまいながら、エドワードはにべもなく言い放つ。
そのあまりの言い草に、流石のロイも眉間に皺をよせた。 「………君は、愛すべき夫にそんなことが、よく言えるものだね」
「だって、そんなに愛してねぇもん」
「ぬぁ!?」
ショックのあまり固まるロイに、エドワードはにっこりと妖艶ともとれるような笑顔をむけた。
「少なくとも俺の“愛してる度”は、あんたの“愛してる度”の5割にも満たないと思って欲しいな」
「な、な、なっ……!!」
「でも愛してるのは、事実だよ」
彼女のそんな台詞に、喜んでいいのか、それとも悲しむべきなのか、今のロイには判断もつかなかった。それに、そんなふうに恥ずかしがった様子もなく、言われてしまっては、ありがたみも感じられない。
「………そこまで言われてどう信じろと……」 我ながら自虐的な台詞だ。
「だから愛してるって言ってるだろう。愛してなかったら、結婚なんかしてないさ。でも、愛の重さが違うんだよ、あんたとは。それだけは、覚えといてくれなぁ〜」
すっかり力をなくしたロイの掌から、掴まれていた腕を解放させてから、エドワードは呆然としたロイをその場に置いて、どこかへ行ってしまった。大方、4階の図書館にでも向かったのであろうが……。
「あれ?中将、こんなところで突っ立って、どうかしたんすか? あ、そういえば、大将に久しぶりに連続休暇が取れたこと、きちんと話したんですか? あれ? 中将? 聞いてますー?」
(鋼の錬金術師/2004)(2006.01.30加筆修正)