「ショーちゃぁ―――ん!!!」
「どわわわ、や、やめ………」
酔ったオナゴほど手のかかるものはない。現に『氷の貴公子』(←実体はまったくの正反対だが)と巷では称される不破尚、こと松太郎は今、酔った幼馴染の激しすぎるスキンシップに頭を抱えていた。
いや、スキンシップなど、どうでもいい。問題は……。
問題なのは……。
右斜め前45度の場所から痛いほど感じる、背筋が凍りつくような視線だった。
(こ、殺される。いやだ、俺様はまだ死にたくねぇ!!)




仔キツネの憂鬱




都内の某焼肉飯店の個室の一室に、彼らはいた。仲良く(?)焼肉堪能する松太郎、キョーコ、蓮、そしてそのマネージャの社。
 そもそも、どうしてこの4人が一緒に焼肉なんぞを食しているのか。今から2時間ほど前のこと、レコーディングを終わらせほっと一息ついていた松太郎のところに、キョーコから一通のメールが入ってきたのだ。
―――お久しぶり、松太郎君。君の愛しのキョーコちゃんから、素敵なお誘いよ。
(誰が、愛しのなんだ、誰が………) 眉間に皺を寄せながらも、メールの続きを読む。
―――この前話してた、『高級焼肉』にこれから行くんだけど、暇?暇だったら一緒に食べに行きましょう。
(高級………普通のカルビで○千円するという、あの例の?)
このときの彼の脳は、レコーディングの後の疲労のためか、絶対に正常に機能していなかった………というのが、後からの松太郎の言い分である。労働のあとの脳は、あらゆる栄養素を欲していて、それが『高級焼肉』というとても素敵な言葉に反応し、松太郎の指先にとんでもない指令を下したのである。
暇。てか超暇。行きます、と返信せよという脳からの指令に、素直に従う松太郎に指。この指令を、この後松太郎が、心底呪ったのは、2時間後の状況を見れば当然と言ったところか。
「キョ、キョーコ!!や、やめ」
「うひゃひゃ、変な顔〜」
むにぃと松太郎の両頬を引っ張りあげて、ケラケラ笑うキョーコ。程好く酔っている彼女は、超がつくほどハイテンションだった。さっきから、こんな具合に隣に座る松太郎にチョッカイだしては笑い、またチョッカイだしては笑い………と延々と同じことを飽きもせず繰り返している。
そしてキョーコが楽しそうに笑えば笑うほど、ますます強くなる、右斜め前から注がれる鋭い視線のせいで、松太郎の心臓はもう止まりかけていた。
(違う!俺が悪いんじゃない、コイツが勝手に俺に抱きついてきて………。だ、だから睨まないで――――――!!)
「あらぁ敦賀さん、どうしたんですか?そんな怖い顔しちゃって………」
(テメェのせいだ!テメェの!)
という、松太郎の心の叫びになど、キョーコが気付くはずもなく。
「そう?気のせいだよ」 にっこりと胡散臭い紳士スマイルをかます蓮だった。
素面のキョーコなら、その裏に潜む世にも恐ろしい彼の素顔に、感づいたかもしれないが、今の彼女はただの酔っ払い。相手の腹の中を探れるほど、脳が機能していなかった。ちなみに、松太郎と社は素面だったため(というか、こんな状況では、とてもじゃないが酔ってなどいられない)蓮の氷のようなオーラに恐れをなして、心の中で滝のような涙を流していた。
「ん〜?そうですかぁ?」
「そうなの。あ、ハラミ焼けたよ。食べる?」
丁度いい具合に焼けたハラミを見て、キョーコは目を輝かせる。
「頂きます!」
そう言って、キョーコは幼馴染を突き飛ばして肉に向かい、一方やっと酔っ払いから解放された松太郎はふらふらと席を立ち、トイレに入りに行った。
「………大丈夫?不破君……」
ふと後ろを振り返れば、そこには社が立っていた。松太郎を心配して、後をついて来たようだ。
「……なんとか」
何が『高級焼肉』だ。最初でこそ、肉を堪能していた松太郎であったが、キョーコが酔って自分に絡んできてからは、蓮からの鋭すぎる視線のおかげで、ろくに箸もすすまず、最後のほうは水しか飲んでいなかった。これじゃ、何のために自分はこの店に来たのか、わからないではないか。
幼馴染に絡まれるため?
敦賀蓮に睨まれるためか?
(だいたい、敦賀蓮が一緒だなんて聞いてなかったぞ!!そういう肝心なことは先に言っとけというに………キョーコの野郎………)
「それにしても、敦賀さんのあの目つきは………」
「ああ、あれね。あれは………まぁなんて言うか、そういうことだよ」
「………マジですか?」
「本人は、無自覚だけどね」
困ったように首をすくめる社を、松太郎は口をあんぐりあけた間抜け面で見つめた。
あれで無自覚?どういうこっちゃ………と、頭を抱え込んだ松太郎に社がトドメノ一言。 「どうやら、蓮は君を無意識のうちに敵と見なしたようだね」 ま、頑張りなよ、そう言い残して、社はまた蓮たちのいる個室に戻っていってしまった。
「!!」
(い―――――や――――――だ―――――!!俺はまだ死にたくない〜!)
いっそこのまま逃げてしまいたい気分の松太郎であった。


松太郎に合掌。
(スキップ・ビート!,2004)(2006/01/02改)
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