なんでこうなるのよ?
世の非情さを嘆かずにはいられないこの状況。左横50センチと離れていない所で、芸能界一いい男と称される人物が自身の愛車を優雅に走らせてる。どっかの彫刻のように整った顔で車を慣れた手つきで操るその姿は、いやみなくらい絵になる(そしてそれが余計に私の癪にさわるのだ)。彼をこれでもかと睨みつけてみるけれど、睨まれた男はそんなことは軽やかにスルーして、相変らず涼やかな顔で前方に広がる道路と車の群れに注意をむけていた。
つか、無視かい!!
「敦賀さん」
「どうかした?」
彼の声が妙におかしそうなのは何故なのか。
「お…降ろしてください」
「降りたければ、ご自由にどうぞ? まぁ出来ればの話だけど」
ニヤリと人の悪い笑顔を浮かべる敦賀さんを、私はまた睨みつけた。
車の外を覗けば、ビルの山々が自分たちの横を猛スピードで次々と駆け抜けていく。前方を見ても信号機らしきものは何一つ無く、敦賀さんの愛車のスピード計を見れば、時速100キロ近い。つまり、私たちが乗っている車は今高速道路の上を走っているところ(にしたってスピード出しすぎのような気もするんだけれど…)。出来ればも出来なければも、もしこんな所で敦賀さんの車から飛び出しでもしたら、私の命は無いわけで………。
「敦賀さん!」
なんだって私が貴方と一緒に、貴方の車に乗ってなきゃいけないの。
「駄目」
なんで駄目なんですか。
敦賀さんの表情は相変らず涼やかで、でもどこか楽しそうだ。私をからかって遊んでるんだわ。毎度毎度なんだっていうの。私を解放してくれる気などさらさらないようだ。そんなこと初めからわかっていたことだけど。くそぅ。これ以上の抵抗は無駄だわ。体力の無駄、無駄。
わざとらしく盛大なため息をついた私を見て、敦賀さんは一言。 「抵抗したって無駄だよ」 と、それはそれは楽しそうに言った。
ええ、ええわかってます。言われなくてもわかってますよ。
そもそも私が今こんな状態になっているのは、今日の私のお仕事、『京子のお部屋』が原因だ。 この『京子のお部屋』とは毎週土曜日のお昼の十二時からの生放送番組で、文字通り私こと最上キョーコ、芸名・京子が司会を務めているのだ。毎週毎週一人か二人のゲストさんをお迎えして、お話やらゲームやらお料理やら色んなことを私とゲストさんが行うという内容で、有難いことに視聴率もなかなかいい番組である。そして今日もいつものようにゲストをお迎えしたのだけど、そのゲストというのが敦賀さんだったのだ。それがすべての原因。
イヤになるわ、まったく。
こうなることは、敦賀さんのゲスト出演が決まったときから、なぁんとなくだけれど予想はしていたのよ。だからどうやって彼から逃げようとか、色々考えていたのに、それなのに、番組が終わった途端に私は敦賀さんにものの見事に捕獲され、車に連れこまれて、今の状態になってるっていうワケ。拉致だわ。犯罪よ。訴えてやる!!
「犯罪者め」
「ん?何か言った?」
「い・・・いいえ」
その紳士スマイルが私にはとてつもなく恐ろしく感じる。世の女性たちは彼のこの微笑を大絶賛するけれど、私にはまったく理解できないわ。
………はぁーあ。
私はもう一つため息をついて、今日の昼間の出来事を思い出していた。




仔ウサギ逃避行物語




何が悲しくて私は、こんなトイレに隠れなきゃいけないの。換気扇の音が響くのは、某テレビ局の人気の無い女子トイレ。そう、用をたしているのではなく、隠れているのだ。
誰から?―――それは、本日のゲスト敦賀蓮から。後2時間もすれば始まる『京子のお部屋』のゲスト、敦賀蓮。今日の視聴率はすごいんだろうな。番組のプロデューサーも他のスタッフの皆もはりきってたし。視聴率が上がるのは嬉しいけど、でも…………あの人に会うのだけはイヤ!!だいたい、なんだってアノ人は私にあんなにチョッカイ出してくるの。
彼と出会ってもう四年。何故かはわからないけれど、その当時から彼は私にチョッカイを出しては、楽しんでる。私が思うに、敦賀さんのなかでは<最上キョーコ=おもちゃ>っていう公式がなりたってるのよ。そうに違いない。
敦賀さんのファンの皆様が私の立場だったら、有難い話かもしれないけれど、私にとってはほとほと迷惑な話なんです。
それにしても、私をカラカッテ遊んでるときの、敦賀さんの顔!! 思い出すだけで腹だたしい。楽しくってたまらないっていうあの顔!ああ、ムカツク。
本当は、番組が始まる前にきちんと敦賀さんの控え室に挨拶に行かなきゃいけないんだけど、挨拶に行って顔をあわせたら最後。 絶対にまた苛められるに決まってる。私自身の楽屋に篭ってても、アノ人がわざわざ私の部屋まで来てくれちゃう可能性も無きにしも有らずってことで、私は今、このトイレにもうかれこれ30分は逃げ隠れている。
本当に、何が悲しくてこんなトイレに隠れなきゃいけないのよ! アノ人が私にチョッカイなんてだしてくるような人じゃなければ!!
「会いたくない………」
自分の番組のゲストと会わないだなんて、到底無理な話だってことは私だって重々承知してます、だけどね、それでも、悪あがきぐらいはさせて欲しいってものよ。
流石の敦賀さんと言えども、あまりにも人目につくところでは私にチョッカイをだしてくることもないだろうから、番組さえ始まっちゃえば、こっちのものなんだけど。
時計を確認すれば、あと1時間半で番組が始まる時間だった。メイクや、番組前のスタッフとの軽い打ち合わせを時間を考えると、流石にもうスタジオに行かなくちゃいけない。
「仕方ない、行くか」
重い腰を上げて、30分ぶりに女子トイレから、廊下にでたその瞬間だった。
「ずいぶん長いトイレだったね?キョーコちゃん」
背後からイヤというほど聞き覚えのある声が聞こえてきた。思わず肩がギクリと揺れる。振り返らなくても、声の主が誰かだなんて、わかってる。ああああ、胃が痛い。てか振り返りたくない。このまま何処か遠くへ逃げ出したい。神様、仏様、アッラー様!キリスト様、孔子様! もう誰でもいい!HELP ME!!
微動だにせずつっ立っている私に男は、
「おや?久しぶりに会った、事務所の先輩に挨拶もなしかい? ずいぶん前にも、この業界では挨拶は基本中の基本だよって教えてあげなかったかなぁ?」
ええ、そうでしたね。あの時もどっかのテレビ局の女子トイレの前だったなぁ。
渋々振り返ると、やっぱりそこには芸能界一いい男が、例のごとくキラキラ紳士スマイルを湛えながら立っていた。
「ほ……本日はお日柄もよく」
「今日は朝から雨だよ?」
「ウ…兎に角ですね、コンニチハ。お久しぶりです。うわ〜お会いしたかった。では私は先にスタジオに!!って何をするんですか、敦賀さん!」
甘かった。心のコの字もこもっていない何ともテキトーな挨拶をして、そそくさと逃げようとしたけど、甘かった。気がつけば、私は敦賀さんの長い腕につかまってしまった。
「何って、捕獲」
今の私の状態を野生の動物社会に喩えるのならば、黒豹(敦賀さん)に食べられそうになっている、いたいけな仔ウサギちゃん(私)ってところかしら? 状況は深刻だぞ、最上キョーコ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。
「いやぁ!放してください!」
誰か〜〜!と助けを呼ぼうにも、私が隠れていたトイレのあるこのフロアは、今日は誰も使用していないらしく、人っ子ひとりいやしない。人目につかないだろうと思って、このトイレに逃げ込んだのに、これが逆に仇になるだなんて、最上キョーコ一生の不覚!! じたばた力いっぱい暴れてみるものの、敦賀さんの腕はがっちり私の体を包み込んでいて、離れる気配すらない。
真っ赤になって、暴れる私を敦賀さんはおかしそうに目を細めながら見ている。
「は!! 時間! 時間です! もうそろそろ打ち合わせの時間です!」
「大丈夫、さっきプロデューサーさんが打ち合わせは10時45分から始めるって行ってたから。あと10分は余裕ある」
左腕の高価そうな時計を見ながら敦賀さんは言う。もちろん彼の右腕はしっかり私の動きを封じているけれど。
「10分ってもうすぐじゃないですか!!」
「ココから、第一スタジオまで3分で行けるよ。差し引き7分、話でもしないかい?」
「つ・・・謹んでお断りいたします。っていうか、なんで私がこのトイレにいるってわかったんですか!?」
「単細胞の君の考えることなんて、俺には手に取るようにわかるさ」
「!!!単細胞でわるかったですね!」
「悪いだなんて一言も言ってないじゃないか。それに俺は君のそういうところ好きだし」
「す……………す!!」
なんてことを言い出すのだ、この男は。す、好きって!!
「か………かかかかかかか……」
「か?」
わかってるのよ、わかってるの、この男がたんに私を
「からかわないでください!!」
からかっているだけだって事ぐらい。わかってるのよ。でも、その超綺麗な顔でそんな言葉を言われたら、イヤでも顔が赤くなっちゃうのよ!
「何笑ってるんですか!」
「いや、キョーコちゃんの顔がトマトみたいに真っ赤だから、つい………あはは」
トマトって、そんな。………敦賀さん、楽しそうですね。そんなに楽しいんですか、私をカラカッテ遊ぶことが!
「いい加減に放してくださいってば!!」
「はいはい」
へぇ、珍しいわ。敦賀さんがこんなに素直に私の言うこと聞いてくれるなんて、と思った矢先に敦賀さんの一言。
「ただし条件が一つ」
条件があるんかい!思わず、ツッコミを入れてしまった。もちろん心の中でだけど。
「で?その条件とやらは何でございましょう?」
「俺が放しても、逃げないでね?」
「………………逃げませんよ」
イヤです。逃げます。速攻で逃げます。
「本当に?」
ん?っと敦賀さんが私の顔を覗き込む。
相手の呼吸が聞こえるほど、近づく顔と顔。突然近づいてきた、綺麗な顔。すべてを見透かすかのような目が、私の瞳を捕えて放さない。ドクンと私の心臓が跳ね上がった。な……なんで私がこの人にドキドキなんかしなくちゃいけないのよ。く………反則よ。その顔は。
「誓います!誓いますってば!」
これで逃げたら、後で何されるかわかったものじゃない。神に誓って逃げませんだから放してください。
そもそも敦賀さんが私に、チョッカイだして遊んでるのがいけないのだ。彼がそんなことをしなければ私だって、わざわざトイレに逃げ込んだりなんかしたりはしない。
「逃げちゃ駄目だよ?」
敦賀さんの腕の力がやっと抜けて、私はすかさず彼から自分の体を離した。あ〜やっと自由だわ。ヤレヤレ………って敦賀さん?
「………あの………敦賀さん?」
「何かな?」
口元を引きつらせながら私は、自分より頭2つ分は背の高い、敦賀さんを見上げた。彼の顔は紳士スマイルでキラキラ輝いているように見える。
「『何かな?』じゃなくてですね………。この手を放していただけませんか?」
見れば、私の右手が敦賀さんの左手に、しっかり絡め取られているではないか。つまりは手をつないでいる状態。
「君もスタジオに行くんだろ?」
「だからってなんで私が、貴方と仲良く手を繋がなきゃいけないんですか」
「君が迷子になっちゃいけないと思って」
またこの男は私を馬鹿にして!
「私をいくつだと、思ってらっしゃるんですか!?20ですよ!ハタチ」
「君を心配してるんだよ。人に親切は素直に受け取りなさい」
余計な心配です!それに、貴方の親切ほど素直に受け取れないものはないんです!と叫んでみても、当の敦賀さんは何処吹く風。私の手をにぎったままスタジオに向かってあるきだす。
自己中似非紳士め!と内心毒づきながら私は大人しく、敦賀さんの後をついていった。
収録のある第一スタジオまで徒歩3分、3分たてばこの手にも開放されるのよ。3分の辛抱よ私。頑張れ最上キョーコ!



「あ、いたいた、キョーコちゃん!蓮!」
スタジオにひょっこり姿を現した、私たちを見て、敦賀さんのマネージャーの社さんが駆け寄ってきた。
「お久しぶりです、社さん」
「久しぶりだね、キョーコちゃん。ところで、二人してどこ行ってたのさ。心配したんだよ。いつになってもスタジオに来ないから。楽屋に行ってもいないしさ」
「あ〜さっき廊下でばったり会って、少し話をしてたんですよ」
しれっと答える敦賀さん。
どこがバッタリだ。私を女子トイレの前で張ってたくせに!しかも、私が逃げられないようにがっちり人の体を押さえ込むわ、手を握るわ。セクハラよセクハラ!
もちろん先ほどまで敦賀さんが強引に繋いでいた、私たちの手はきれいさっぱり離れている。もし手なんか繋ぎっぱなしでスタジオ入りなんかしたら、それこそ週刊誌物だわ。
『芸能界一いい男と駆け出しのタレントの熱愛発覚!?』………みたいな、わけのわからない記事が世の中を騒がせることはまちがいない。うげ………想像するのもイヤ。そんなことにでもなったら、それこそ毎日毎日敦賀さんのファンによる嫌がらせとかありそうだ。剃刀入りの手紙とか、無言電話とか?ひえ〜………。怖い怖い。クワバラクワバラ。
「あれ、京子ちゃんと敦賀くんって仲良かったんだ」
いつの間にか私たちの傍に来ていた、番組プロデューサーが尋ねてくる。そうか、そう見えるのか。私と敦賀さんって仲良く見えるんだ。本当は私が彼に遊ばれてるだけなんだけどね。
「ええ、同じ事務所なんで、何かと会う機会が多くて」
にこやかに笑う敦賀さん。まったく、本当に他の人には愛想がいいんだから。
「あ、そうかLME事務所だよね。お、こんな時間だ。じゃ、軽く今日の打ち合わせやるぞ」



打ち合わせも、メイクも終わって放送開始まで、後10分というところで私は舞台裏からちらっとスタジオ内を覗いてみた。
「うひゃ、女の人ばっか」
観客の顔をみれば、女女女女。男なんて数えるほどしかいない。明らかに、敦賀さんのファンの人たちだ。今日の番組進行はやり難いぞ。なんか緊張してきちゃったよ。
「どうしたの?キョーコちゃん」
一人青くなってる私を見て、敦賀さんが心配そうに私の顔を覗き込む。敦賀さんもばっちりサラサラの髪をセットして、日本人だと敦賀さんぐらいしか着こなせなさそうなお洒落な服を身にまとっている。誰がみてもいい男。確かに、これなら芸能界一いい男というのも納得できるというものだ。
は!いかん!何私は見とれてるの!
「キョーコちゃん?」
「敦賀さんが、女性に人気があるせいで私の生命が危うくなってるんです」
「はい?」
何を言い出すんだこの子は、とでも言いたげな敦賀さんの顔。
「今日の観客席にいる、お姉様方は100%貴方のファンなんですよ。そんな彼女たちの前で、何か変なことしちゃったら、私、貴方のファンに何されるか………」
彼女たちの妙なお怒りをかわないように、余計な気を遣いながら今日の進行はしなくてわ。面倒極まりない。ああ、緊張する。
「変なこと?」
「貴方のファンの逆鱗に触れるようなこと」
「たとえば?」
「たとえばって」 何があるかな。色々あるよね。ちょっとでも体に触ってみ。殺されるわ。絶対に。
「たとえば、抱きついたり?キスしたり?」
ちょ、何を言い出すんだ。この人は。
「んなこと誰がしますか!!!」
あなたにキスなんて、たとえその報酬に一億円もらえたってしません!!
「だったら、大丈夫だよ。そんな殺されたりなんかしないって、大げさだなぁ」
そうね、大丈夫か。よっぽどのことしなければ、私の命は大丈夫よね。うん。……あれ?緊張が解けたぞ。
ふと、敦賀さんの顔をみれば、彼にしては珍しいなんの含みもない笑顔だ。私と目が合うと、彼はその大きな手を私の頭の上に乗せて、
「変な緊張はよくないよ?お嬢さん」
と、言った。
……やられたわ。 私が緊張してるのがわかって、ワザと私を怒らせるような発言をして、私の緊張を解いてくれたのだ。く…………悔しい!この人のおかげで緊張がとけたっていうのが、悔しい!
「京子ちゃん!出て! もうスタートするから! あ、敦賀くんはもう少し待ってて下さいね。」
「は〜い」
「はい」
さ、イッチョ行きますか。



「ちょ!京子ちゃん大丈夫!?」
無事、本日の『キョーコのお部屋』が終了し、舞台裏にもどってきた私はがっくりとその場にくずれおちた。それを見た私のマネージャーさんやら、社さんやら、スタッフさんたちが心配そうに駆け寄ってくる。
すみません。ご心配おかけして。でも、心底疲れたんです。こんなに疲れた仕事が未だ嘗てあったでしょうか(イヤ、無い・反語)。
「だ……大丈夫です」
いえ、まったく。
マネージャーさんが持ってきてくれたお水を、一口飲む。ああ、おいしい。
「大丈夫?」
見上げれば、敦賀さんの紳士スマイルがそこに。
誰のせいだと思ってらっしゃるんですか」
「さぁ?」
わかってるくせに、白をきる敦賀さんのその顔が憎らしい! 私がこんな疲労困憊状態にあるのは貴方が番組中にあんなことしでかすから!!



女の子たちの黄色い声。きゃーきゃーきゃーすごいったらありゃしない。
「敦賀さんって本当に背が高いですよね」
俳優・敦賀蓮の仮面をかぶっている目の前の男に、私もタレント・京子として話題をもちだす。
「そうだね〜多少は高いかな?」
いえ、多少どころではありません。敦賀さん。でか過ぎです。
「会場の皆さんも、敦賀さんの背の高さにも憧れているんじゃないかしら? もちろん顔も素敵だけど」
と、会場からは「そうそ〜〜!!大好きよ〜〜!蓮様〜〜!!」とかなんとか、またまた黄色い声が。
「困ることもあるよ。定形外だから、洋服とかどうしても限られちゃうしね」
「あ、なるほど。私なんかは、そんな悩みありませんから」
「京子ちゃんは小さいよね」
にこやかに敦賀さんが言う。
「……? そうですかぁ? 標準だとは思うんですけど」
「そうだよ、ほら手もこんなに小さいし」
敦賀さんは、きょとんとしていた私の手を徐に取った。…って、え!?
「!?」
場内騒然と言ったところか。
敦賀さんの右の手のひらと私の左のてのひらが、くっついて大きさのくらべっこ。
な、ななんななななん、何すんじゃ〜!アンタは! に………睨まれてる。会場のお姉様がたに睨まれてる!怖いよ〜!



その後のことは、何も覚えていない。頭が真っ白になって、私は自分が何を番組内でやっていたのかなんて、何一つ記憶に残っていない。
「つーるーがーさーんー」
「何かな?」
まぁた、この男は私をカラカッテ遊んでるんだわ! 今度はよりにもよって番組内!
「ご………ごめんよ。キョーコちゃん、うちの蓮が君に迷惑をかけて」
社さんが本当に申し訳なさそうに言う。
社さんが謝ることじゃないんですよ。謝るべきなのは、そこの馬鹿でかい男。
「社さんが謝る必要なんてないでしょ」
と、紳士スマイルで敦賀さんが一言。貴方が言うか。その台詞を。
「てか、蓮が謝りなさい!」
いつも温和な社さんも、流石にご立腹のご様子だ。大変でしょうね、敦賀さんのマネージャーって。ご愁傷様です。
「そうですね。俺もちょっとやりすぎたかなぁって思いますし。ゴメンね、キョーコちゃん」
「あ、はい」
自分の非をきちんと認める潔い男、敦賀蓮。私はこの人のこういうところは好きだ。好きだけど、その紳士スマイルはなんですか?
や……やばいこれは何か企んでる。に……逃げよう。マネージャー!帰りましょう!一刻も早くここから、敦賀さんの傍から退散しよう。
「でね、謝罪の代わりと言ってはなんだけど、今日の夕飯一緒に食べないかい?俺は、今日はこれで仕事終わりなんだよね」
「ざ……残念なんですが、今日は……」>
「キョーコちゃんも今日はこれでアガリだよね?」
もう、君のマネージャーさんには確認とってあるんだよね。と、敦賀さんは言った。
マジですか。
社さんは気の毒そうに私を見ている。むしろ見てるだけじゃなくて、マネージャーとしてここは、敦賀さんの暴走を止めましょうよ。他のスタッフさんたちは、「よかったね〜京子ちゃん!敦賀さんと食事できるなんて!」などと、のん気に言うし、女性のメイクさんなんか「私も一緒に行きたいわ〜」と、目をハートしていた。
一緒に行くも何も、私と代わって差し上げましょうか? ていうか、代わってください。



散々暴れて、文句言って、暴れて、文句言って………以下同文。最後には暴れ疲れてしまった私は、もう大人しく助手席に収まっている。<台形の窓から外を覗けば、午前中降っていた雨もすっかりあがり、すでに日は暮れかかっていた。高速道路をおりた敦賀さんのスポーツカーは、今は人気の多い都内の通りを走っている。夕暮れの街に、ぽつぽつネオンがつきはじめていた。
しばらく黙って流れる景色を眺めていた私の視界に、あるものが飛び込んできた。
「あ、敦賀さんだ」
「ん?」
「ほら」
私が指差したほうを見た、敦賀さんは「ああ」とつぶやく。そこには、敦賀さんの大きなポスターが飾られていた。有名なメンズブランドの広告だ。
「すごいなぁ」
「何が」
「敦賀さんが」
「そうかな」
すごい人気があるくせに、どうもこの人はその点に無頓着なのよねぇ。
「すごいですよ。敦賀さんの顔ってそれこそ日本全国どこにでもあるんですもん。TVでしょ、映画でしょ、雑誌、広告、ラジオ…………。今日も敦賀さん人気を改めて実感しましたし」
怒涛のような勢いの女性ファンたちの前でも、さして緊張する様子もなく堂々としていた敦賀さん。
それにくらべて、私は……。自分は、敦賀さんのファンに睨まれた程度で頭を真っ白にする始末。情けないったら。涙が出てきちゃうわ。だって女の子だもん☆……阿呆か、私は。
「君も頑張ってるじゃない」
「頑張ってはいるんです」
「うん」
「でも結果がついてこないような気がするんです」
頑張るのなんて、あたりまえ。皆やっていることだ。問題は結果。この業界、結果が命なんだ。
「そうかな、俺から見ると君は十分いい線いってるほうだと思うよ」
まだまだよ。全然まだまだよ。こんな私じゃ、貴方の足元にも及んでいない。追いつきたいのに追いつけない。
敦賀蓮は私の目標。自分でも高すぎる目標だとは思うけれど、でも決めたんだ。この人に追いついて、ギャフンって言わせてやるんだと。
私がまだラブミー部員だった時に、敦賀さんに味わされた、あのどうしようもない敗北感。4年経った今でも、私はあの感覚を鮮明に覚えている。敦賀さんの演技に知らないうちに引き込まれて、彼の思い通りに演技をさせられたのが悔しくてたまらなかった。そして、俳優・敦賀蓮のすごさを肌で感じ取った瞬間でもあった。あの時から、私はそれこそ死に物狂いで演技の勉強をしてきたのよ。最近では、ちょくちょくドラマにもださせてもらってはいるけれど、まだまだだわ。
「まぁ、焦らずに頑張りなさい」
「はい」
この人に、諭されるのってなんか悔しいのよね。見てらっしゃい、いつか貴方に追いついてギャフン!参りましたキョーコ様!って言わせてやるんだから。
「ところで、敦賀さん、何処に向かってるんですか?」
「俺のマンション」
「ちょ……冗談は!」
「冗談だよ」
……もう、嫌。
「夕飯は何がいい?この辺りなら、なんでもあるよ。中華もフレンチも日本料理も」
「高級焼肉」
高級の文字にわざと強調して言ってやると
「了解いたしました、お嬢さま」
敦賀さんは笑って答えた。
死ぬほど食べて、食べまくって、アンタのお財布の中をからっぽにしてやるわ。
それにしても、焼肉屋で、上カルビやタン塩を食してる芸能界一いい男って、なんだかミスマッチだわ。ふふふ。


(スキップ・ビート!,2003)(2006/01/02改)
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