「ああ、あんたってひとは!!」
明け方の4時半に、ソフィーが寝ている寝室に転がり込んでくるなり、頭を抱えてひとり不幸のどん底にいるかのような顔をしているのは、ハウエル=ジェンキンス、ことハウルだった。
明け方の4時半となれば、働き者のソフィーでさえ、ふだんならまだ温い布団の中で睡眠を貪っている時間帯のはず。こんな朝っぱらから(というか、外はまだ太陽も昇っておらず真っ暗だ)無理やり起こされたことに、ソフィーは不機嫌そうに眉間に皺をよせつつ、ベッドサイドに立つ夫を見上げた。
「なに? いったいなんの用?」
「なんの用だって!? この期に及んで、あんたはそんなことを言うのかい?」
はて? なんのことやら…。――――そう言いたげなソフィーの視線を目の当たりにして、ハウルはその場に座り込んだ。なんたる絶望!なんたる苦しみ!悪夢だ!云々かんぬん。その昔、どこかで聞いたことがあるようなないような台詞を呟く夫であるが、妻のソフィーは夫のご乱心ぶりにまったくついていけてないようであった。
「あんたはぼくをなんだと思っているんだい!? このぼくを!!」
「どういう意味かしら?」
質問の意図を理解しかねる、とソフィーは憮然とした表情で、ハウルに尋ねた。
「あんたにとってぼくは夫だろう?」
「そうね」
結婚してまだ一ヶ月も経っていないとは言え、二人は立派な夫婦だ。ハウルが夫。ソフィーが妻。
「愛すべき夫だろう?」
「そうね」
愛しているから結婚したわけであるし。
だったら!!とハウルはソフィーに詰め寄った。
「だったら、なんだってあんたは、愛する人の心を傷つけたりするんだい!?」
「はあ?」
反射的に逃げ腰になったソフィーの肩を掴んで、ハウルは尚も叫び続ける。
「だって、ぼくが目を覚ましたら、あんたが隣で寝てないんだもの!!ねえ、なんで、あんたはぼくたちの新しい寝室でなくて、この部屋で寝てるんだい!? ねえ、ソフィー!ぼくの気持ちがあんたにわかる? 夜にあれだけ愛し合ったあと、幸せな夢を見て、明け方、その夢から覚めるか覚めないかの意識の中で、腕をのばしてみたら、隣で寝ているはずのあんたがいないだなんて!こんな酷い話があるかい?」
あのときの、あの寂しさ!あの切なさ!この世の終わりだ!!
妙に芝居くさい語り口調で(しかし本人はいたって真面目)浪々と語り続けるハウルを、なかば白い目で見ながら、ソフィーは、はあ、とため息をついた。そして、そんな彼に言った。
「あのね、ハウル」
「なんだい?」
「あたし最近寝不足なの。ひとりでゆっくり寝たいの。あんたと一緒のベッドだと、ゆっくり寝てらんないんだもの」
「そんなこと!!だったら、朝のほうは自粛するさ!きみがたっぷり眠れるように!!」
だから、ぼくが寝ている間に、ベッドを抜け出してしまうのだけは止してくれ。さめざめと泣きながら訴えるハウルに、ソフィーは、 嘘おっしゃい、と一括した。
「あんたって人は目が覚めた途端に、人が嫌がっても、ちょっかい出してくるじゃないの。それにね、あたしがゆっくり眠れないのは、何もそのせいだけじゃないのよ」
「じゃあ、他になにが原因だって言うんだい?」
「いびき」
「は?」
目を点にしたハウルの鼻をちょいと軽くつまんで、ソフィーは言う。
「あんたのいびきがうるさくて、あたし夜も眠れないの」
「…………!!!!!!」
「寝不足で、あたしが昼間あくびをするだけで、マイケルは頬を染めるし、カルシファーはからかってくるし、ご近所さんたちも『お盛んね〜』とかなんとか言ってくるし。ちょっと嫌なのよね。だから、ね?」
別々に寝ましょ?
「そそそそそんなっ……!!」
「とりあえず、今は、あと20分寝かせてちょうだい。朝の20分はとっても貴重なんだから……」
「そ、ソフィー!待って、寝ないで!ねえ!!ぼくたち新婚さんなんだよ?甘い蜜月を過ごさなきゃいけないんだよ!?別々に寝るって、そんな!!ねえってばー!!」
ハウルの悲痛な叫びが、結局ソフィーに届くことはなく。ハウルは、ただただ悲嘆にくれるばかりであった。
なんたる絶望! なんたる苦しみ! 悪夢だ!
旦那のいびきはうるさいらしいので(ハウルの動く城,2004/12/19)(2005/12/31改)