「体の調子はどうだい?ソフィー」
「平気よ。ただの風邪だから」
心配そうに覗き込んでくるハウルに、ソフィーは顎の下まですっぽりと布団に包まれながら気だるげにこたえた。
「ねえ、ソフィー」
「なに?」
「病院に行ったほうがいいんじゃないかな?」
「大丈夫よ。ただの風邪だから」
そうかい? とハウルは整った口元を、少々への字に曲げる。
そうかい? 本当にただの風邪かな?
そっと彼女の頬を触れば、それは外の凍てつく空気のように冷たかった。風邪だと彼女は言い張るけれど、熱はない。熱があるわけでもないのに、彼女は今、立っていることもままならないらしい。顔色はすこぶるよろしくないし、じっとり汗もかいている。だけど、熱はない。体温計で測ってみても、やはり平熱か。むしろそれよりも低いくらいだった。
熱がない。咳も、くしゃみもない。鼻水がでているわけでもないし、喉がかれているわけでもない。
唯一風邪らしい症状と言えば、お腹が痛いということだけ。
食中毒か?とも考えたけれど、ソフィーと同じものを食べて飲んで、体内に摂取しているハウルもマイケルもぴんぴんしているのだから、それは考えにくい。
では仮病か? 否、それこそ考えにくいの最たる例だ。ソフィーが、愛する人に甘いたいがために仮病をつかうタイプの(つまりハウルのような)人間だとは、とてもではないけれど考えられないし、なにより、きれい好きで働き者の彼女が、なにがよくて風邪のふりなんぞして、ベッドから離れないでいようとするものか。
ちなみに、昨日からソフィーが自称風邪で寝込んでしまってから、はやくも動く城の中は荒れ放題だった。ハウルはというと、荒れた城の中で暮らしながらソフィーの力の偉大さを身に沁みて感じながらも、それでも自分で掃除をしようという気はさらさらおきないらしい。マイケルのほうは、一応申し訳程度に掃除なんかしてみたりするのだが、まあほとんど部屋は綺麗には片付かない。マイケルの掃除ぐらいでは、ハウルの散らかし癖には到底処理が追いつかないのだ。
今、ソフィーが階下のあの荒れようを目の当たりにしたら、それこそ卒倒してしまうかもしれない。はたまた、ハウルに箒の制裁が下るかもしれない。それでもいい、とハウルは思う。箒でたたかれるのは痛いし、嫌ではあるけれど、彼女が箒を振り回せるくらいに元気であるというのなら、ハウルにとってそれ以上に嬉しいことはないのだ。是非とも、ソフィーにははやく元気になってもらいたい。苦しそうにしている彼女をみるのは、嫌だった。
「ねえ、ソフィー。やっぱり医者に診てもらうべきだと思うよ」
「大丈夫よ」
「大丈夫なものか。ここはきちんと医者の診てもらって、薬をもらうべきだよ」
珍しくまともなことを言う恋人に、ソフィーは驚いたように目を丸くしつつ、しかしそれでも首を縦にふろうとはしなかった。
「大丈夫だから。何度も言ってるでしょ? ただの風邪だから平気よ」
「ぼくが大丈夫じゃないんだ。あんたが心配で心配で夜も眠れないんだ。ねえ、なにか妙な病気じゃないだろうね?」
「はあ?」
「風邪だ風邪だとあんたは言うけれど、ぼくにはとてもじゃないけれど、風邪だとは思えないんだ。嫌だよ、ソフィー! あんたが死んでしまったりなんかしたら、ぼくはもう生きていけない!!」
目尻に涙までためてソフィーの顔を覗きこんでくるハウルに、ソフィーはハハと乾いた声で笑ってみせた。
「あんたって本当に大げさね」
「大げさなものか!ねえ、ソフィー! 病院に行こう! そうしよう?」
「ハウル……」
すがるような目で、ハウルはソフィーの肩をゆすった。気分がよろしくないときに体をゆすられると、さらに気持ちがわるくなるのだけれど、ハウルはちっともわかっちゃいないようだ。
「なんで、そんなに医者に行きたがらないのかい?」
「そ、それは……」
曖昧に言葉を濁して、あさっての方向を見つめる恋人に、ハウルは詰め寄った。
「注射が怖いのかい?」
「いえ、ぜんぜん」 弱虫のあんたじゃないのだから。
「苦い薬がいやなのかい?」
「あんまり好きではないけれど……」
そもそもあれを好きだなんていう酔狂な人はいるのであろうか?
「だったら、ぼくが魔法で、薬を甘くしてあげるから」
「そこまでするほど嫌ってわけじゃ……」
多少の苦さくらい我慢できるくらいの耐性は持ち合わせている。腰抜けのあんたじゃないのだから。
「医者に胸を触られるのがいやかい?」
「いやなのはあんたでしょう」
「うん。だから女医さんのところに連れて行こうと思うんだ。あんたの(きっと)すべすべ(であるはず)の肌に触れていい男は、ぼくだけだからね!本当は、あんたと同じ女にだって触らせたくはないのだけれど。あんたの生死にかかわる問題だから、今回ばかりは目をつむるよ」
「寝言は寝て言ってちょうだいな」
馬鹿馬鹿しい。大真面目な顔をして、とてつもなく馬鹿らしいことを言う恋人に、ほとほと呆れつつソフィーはため息をついた。
ハウルとの問答のせいでどっと疲れを増した体に、ソフィーは自ら布団をかけなおして寝る体制に入った。これ以上ハウルと話しても埒が明かない。とりあえず寝てしまおう。
「ソフィー! ねえ、ソフィー!!」
布団のうえから身体が揺さぶられる。嗚呼もう、ただでえさえ体がだるいのに。勘弁してほしい。
「ねえ、ソフィー!! 起きておくれよ」
そして、突如。
ソフィーのなかで何かがプッツンと切れた。肉体的に限界にきていた彼女は、もはや精神の限界もすぎてしまったようだ。
「うるさい!!!」
がばりと体を起こして、ハウルの胸倉をつかむ。唖然としている彼に向かって、ソフィーは勢いに任せて言葉をまくし立てた。
「あたしは疲れてるの! だるいの! 体がおもいのいよ! あんたになにがわかるの? この喩えようのないダルさのなにがわかるって言うの!? え? わからないでしょう?」
「わ、わかるさソフィー。おおおおおお落ち着いて。とりあえず、落ち着いておくれ」
「わかるものですか! 男のあんたになにがわかるの!!」
「は?」
「生理痛よ!せ・い・り・つ・う!! 女にしかわからないわよ!! そうでしょう!?」
「せ……」
思わず言葉に詰まってしまったハウルを見た瞬間、ソフィーははたと我に返った。
しまった。なんてことを。だから、言いたくなかったのに。
嗚呼、もう嫌!
恥ずかしさのあまり布団にもぐりこんでしまったソフィーの背中の辺りを、布団の上からさすってやりながら、ハウルはいつになく労わり深い声で言った。
「ああ、ソフィー、あんたはいつもこんなに酷い痛みに耐えていたのかい?」
「そうよ。悪い?」
布団のなかから返ってきたのは、ぶすっとした声だった。恥ずかしさのあまり死んでしまいそうだわ、とソフィーはひとりごちる。
「悪くなんかないさ。恥ずかしいことでもないさ。そうだろう? ソフィー……嗚呼かわいそうに……。出来ることなら、その痛みを感じる役を、あんたと代わってあげたいよ。本当に女の子は大変だね……」
「ハウル……」
そろそろと布団から顔を出せば、そこにはキラキラと金髪を輝かせながら微笑むハウルがいた。
「ねえ、ソフィー?」
「なに?」
「ぼくは、あんたのその痛みを貰い受けることはできないけれどね。その痛みを取り除く方法を思いついてしまったんだ……!」
「取り除く………?」
うん、とハウルは大真面目な顔つきで頷く。
「痛くて困るっていうのなら、その根本の原因を無くせばいいのだろう?」
「原因?」
「生理」
「そ、そうね……うん…まぁ……」
なんだろう。何故か、ハウルのその笑顔が、ものすごく怖いのだが……。
嫌な予感がする。嫌な予感が……。
「だったら、こどもを作ればいいんじゃないかい?!」
「は?」
「妊娠すれば、生理はこないし、痛みもない。それに十月十日後には、ぼくとあんた似のそれはそれはかわいい赤ん坊が生まれて来るんだよ? ねえ、なんて素敵なことだろうよ!!」
「ちょ、ちょっと………」
嗚呼、やっぱり。この恋人が真面目に語りだすのは、いつもこんなことばかりだ。呆れてものも言えないでいるソフィーに、ハウルは尚もにっこりと微笑んでみせた。
「さあソフィー! 膳は急げだ!」
「下らないこと言ってんじゃないわよ―――――!!!!」

ダルダルディズ