実際、慶光はどこか掴み所なかったと、仁は思う。そして慶光のそんな所が仁には歯痒くてしかたなかったのだ。
その点、慶光とまったく同じ顔で光也を名乗る少年は、実にわかりやすい人間だった。考えてることはそのまま顔に出るし(あの百面相は見てて飽きない)、わりと感情に素直に行動を起こす(ときに向こう見ずな光也の行動を傍から見ている仁としては、いつも気が気ではない)。
光也は慶光と違ってわかりやすい少年だ。少し妙なことを言ったりもするけれど(光也曰く、自分は慶光の孫だという)、光也という少年はとてもわかりやすい。仁はそう思っていた。―――少なくとも、出会った当初までは。
最近、光也とともにいて感じる雲を掴むようなこの感覚は何だろうと、仁は考える。随分と光也との距離は縮まったと思うのに、否、逆に彼と自分の距離が縮まれば縮まるほど、光也という少年のことがわからなくなってくるのだ。最初こそ突拍子もないと思った光也の言動は、慣れればそれが割りとパターン化しているとわかるものだし(光也の言動のほとんどが彼の不器用なやさしさの上に成り立っているということは、仁はとうに分析済みだ)、百面相も相変らず。にもかかわらず、光也のことがわからなくなってくる。
根本的な何かがわからない。慶光が掴み所のない人間であったのとは、また別種の何か。たぶん、その何かが、光也が慶光の孫を名乗ることと関係しているのだろうとは思う。でも、わかるのはそこまでだ。
嫌な気分だと仁は思う。正直、あまり面白くない。いや、とても面白くない。腹が立つ。光也にすべてを請け負うと堂々と宣言しておきながらのこの体たらく。情けなくて、悔しくて、涙さえでそうだ。

「あれお前、泣いてんの?」
隣で本を読みふけっていたとばかり思っていたのに、光也はいつの間にか本を閉じて仁のほうに顔を向けていた。
「何故僕が泣かなければならないんだ」
「いや、そんなこた俺が知ってるわけねぇだろ。俺はただお前が泣いているように見えたっつっただけで……」
「だから泣いてなどいない」
明らかに棘の含まれた仁の言いように、光也は不愉快そうに、そしてそれ以上に心配そうに眉をひそめた。
「何、怒ってんだよ」
「そう僕は腹を立ててる。それは否定しない」
「開きなおってんじゃねぇよ。仁、いい加減にしねぇと俺も怒るぞ」
「………」
仁は俯いて、膝のうえで拳を握り締めた。
怒るなら怒ればいい。誰のせいでこんな不愉快な気持ちになっていると思ってるんだ。そもそもお前がいけないんだ。僕に何の相談もなしに、何処かにいってしまおうとするから。僕を忘れたりなんかするから。
お前が光也を語るならそれでいい。でも、それでも僕はお前のすべてが欲しいんだよ、みつ。
嗚呼、お前のすべてを僕に差し出せと言ってやりたい。この僕の想いのすべてを受け入れてくれと叫び散らしたい。お前が、欲しい。
そこまで考えて、仁はそっと息をついた。面を上げれば、光也が気遣わしげにこちらを見ていた。怒るぞなどと言っておきながら、そんな目でみてくれるなと仁は思う。光也という人格を否定するようなことを考えていた人間になんか、気をつかってくれるな。
「すまない。八つ当たりだった」
「………かまわねぇけどよ。それより大丈夫かよ、お前。顔色悪いぜ」
医者を呼んでもらうかと言う光也に、仁は必要ないとこたえた。光也は納得しきれていないようだけれど、仁はかまわずにこつんと己の額を光也の左肩にのせた。仁の具合が悪いと本気で思っているのだろう、光也は抗わなかった。相変らず隙だらけな奴、と思いながら仁は光也から見えないこといいことにこっそり口元を緩める。
「お前にわからないことは僕が教えるし、お前が出来ないことは僕が代わりにやる」
「……なんだ突然」
「だから僕はお前に沢山話して欲しい。わからないことも、知らないことも、知ってることも、思ってることも、何でも。全部」
「……」
「お前のすべてを知りたい」
仁の髪に、光也のため息が吹きかかった。
「前にも言ったような気がすっけど、そういうことは“本人”に直接言ってやれよな」
光也は、己は光也であって、慶光ではないと主張する。
違うのに、と仁は思う。 「お前のすべてを知りたい」という言葉は、光也という少年に向けたものでもあるのに。
慶光のすべてを手に入れたいと思ったように、光也のすべても知りたい。たとえその願望のもとに、光也が慶光と同じ顔をしているからだという不純な動悸があったとしても、仁は心の底から光也を知りたいと思うのだ。
「お前のすべてを知りたいんだよ、みつ」
「だから言葉の無駄遣いをすんなって」
だったら、この歯痒さをどう埋めたらいい。
気持ちのままに行動におこしたら、お前は鬼のような形相で激怒するに決まっているくせに、僕はどうしたらよい。言葉も届かず、行動することも叶わず。
ふと背中に触れるやさしい手に気付いて、仁は光也の肩にもたれたまま顔をしかめた。
馬鹿者、人の気も知らないで。心の中で光也を詰りながら、それでも彼の手を振り払うことが、仁には出来なかった。


060117