夜の果てまで



なんのために鶴を折るのか。そんなことすらもう随分と思い出せないでいた。
床と高さを同じくした視線の先、力を無くした左手から零れ落ちた白い折鶴が、クゼにそれを思い出させた。
(嗚呼、)
ふいにこみ上げてきた笑いが、クゼの咽喉をひゅっとか細く鳴らす。
力の入らない義体は、眼球を動かすことさえ儘ならず、意識も白く濁ってゆくばかりだというのに、脳に刻まれた記憶だけが走馬灯となって閃光のように駆け抜けてゆく。
(おまえだったのか、)
ひどく傷つき昏々と眠り続けたあの少女が、慣れぬ義体の指先で必死に折鶴を折ろうとしてみせてくれたあの少女が、鶴になりそこねた無残な折紙を悔しそうに見下ろしていたあの少女が、ずっとずっと、探し続けた少女が――。
(――おまえだったんだ)
求めて止まなかった少女が、たった数時間前まで瓦礫の下でクゼの背中に腕をまわしてくれていたあの女だった。
そんなことに今になって気づくだなんて。
(おまえに、君に、会いたかった)
ずっと、ずっと、会いたかった。
漠然と、彼女が自分のもとへと今まさに駆けつけているような気がした。空よりも広く腕を広げて、声を張り上げて。いつかの白い病室でそうであったように、彼女は何度だって自分を孤独の淵から救い上げにきてくれる。またしても彼女の手をとることが出来そうにもないのが、ひどく残念だけれど。
今なら、彼女が彼女だとたしかにわかるのに。
出来ることなら、駆けつけてきてくれるであろう彼女の頭上に彼女のために折った両腕一杯の折鶴を降らせてやって、ずっと会いたかったのだと告げて、彼女の義体をゴーストごと抱きしめたかった。
それがかなわぬのなら、せめて。せめて最後の白い折鶴を彼女が拾いあげてくれますように。この気持ちを彼女がどうか受け取ってくれますように。そう願いながら、クゼは目をゆっくりと閉じた。

攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG|080803