スクリーンに映る男女が恥も外聞もなく愛の言葉を交わすのを、信じられないような目でさも不潔そうに眺めている弟の隣で、ジーンはポップコーンを口に放り込んだ。
「そんなキモい?」
「食いながら喋るな」
ぺしりと足を叩かれて、くすりと笑ったら今度は左側に座る女性にギロリと睨まれてしまった。
暇だ、という理由で適当に入った映画館で適当に選んだ映画は、今年のアカデミー賞が期待される恋愛映画だった。そんなに面白くないなあと思いながら、赤いラインが二本入ったコンバースをもぞもぞと脱いで靴下を足の指先で弄っていたら、全く同じことを兄弟が椅子の下でやっているので、やっぱな、とジーンは頷いた。
映画館で喋る奴は、ナルもジーンも嫌いな方だ。しかし、こう突っ込み甲斐がある作品に関しては、いっぱしの批評家になってコキ下ろした方が映画が面白くなる、と教えてくれたのは二人の養父。ぴったりと頬を寄せて、こそこそと耳打ちする。
「ビクトリア朝時代って、こんなおんぼろな鎧きる?」
「僕はこの微妙な侯爵家のインテリアが疑問だ。だいたいこの七三は何だ。ヒットラーか?」
ヒャヒャヒャと思わず声が抑えられずに焦った瞬間、丁度銀幕のヒロインが物凄い剣幕で「愛してるの!」と叫び、テーマ曲がオーケストレーションに乗っかってうねる波のように流れ出したお陰で、ジーンはほっと一息ついた。
絡みついた男女の手と手、そのまま雪崩れ込むように濃厚なキスシーンへと変わる展開に、今度こそナルは吐き気を催したバスの乗客みたいな顔になった。
「出る?」
「‥‥‥」
「ていうか、この男優へたじゃない?」
「何が」
「キス」
鏡のように真顔で向かい合ったら一瞬。僕らの方が絶対上手い、と一致したのを確かめると、そのままお互いの頭を引き寄せるように性急に唇を合わせる。舌と歯で相手のを可愛がってから、そのまま喉奧まで伸ばす。唾液がまざるいやらしい音がして、溜息がほうと漏れても、周りなんて気にならない。こんなクソッタレの映画に子ども二人で来てるのは自分たちくらいで、後の連中も何かと忙しい。
いつもの癖でシャツの下に入れようとしたジーンの手の甲を、ナルがぎゅうとつねった。痛い。それから目と目が合って微笑み合う。
なんて美人なんだろうお前。
NAGASAWA 20070914