歩け走れ飛んでゆけ



ほんと、我ながらどうかと思うよ。こんな薄暗い部屋に閉じこもって、折角の休暇をシルバーアクセサリー磨きなんかに費やして。いや、でも銀はきちんと磨いてやらないとすぐに酷いことになるからなあ。
『やぁねえ、スコール。いつか背中に苔が生えるわよ』
電話口のあんたはわりといつもこんなもんだ。
半年ほど前に、じゃ花嫁修業に行ってきまーす! と宣言をして逞しくエスタに旅立っていったあんたの"花嫁修業"はすこぶる順調のようで何よりだけど。なんだよ、最初の頃は涙と鼻水まじりの電話やらメールやらがひっきりなしに来たってのに、最近は――なあ、ちょっと冷たすぎるんじゃねぇの、リノア。
今日だって久しぶりの電話だ。しかもなんか含みのある。
『元気ないわね』
「俺はいたって健康だ」
『あらあらリノアちゃんの慰めは欲しくないって?』
――そりゃあ欲しいですよ。色んな意味で。
と、心のなかだけで俺は呟く。本当に健康なんだよ。嘘なんかじゃない。身体は健康すぎて、いっそ困るくらいなんだから。
「なんか、なんだろうな」
『うん?』
「頭のなかがぐるぐるとしてて気分悪い」
なんだろう、この感情。欲求不満ともたぶん違う。
『うん。あのね、皆、あなたを心配してるみたいよ?』
「へえー」
『なあに、その感じ悪い言い方。あのねえ、この間、ゼルから手紙が届いたのよ』
そうだったな、あんたとゼルは文通仲間だもんな。イマドキ、文通ってのが、なあ。なんで?
「で、なんか書いてあったのか。俺のこと」
『あなたが部屋に篭ったっきり、出てこないって』
そうか、だからあんたは電話なんぞ寄越してきたのか。どうりで納得したよ。
「そうだな。銀を磨くのに忙しくってな」
ゼルがどこまであんたに話をしたのは知らねぇけど。でもたぶん、あんたはきっともう色々知ってるんだろ。そんでもってちょっとばっかし呆れている。
『……』
「……」
なあ、なんか。なんか喋って欲しい。
「リノア」
『なによ』
「なんか話せ」
『え、話すって。ふふ。うふふふ』 何故笑う。
『スコールは知ってるかな?』 なにを。
『どっかの小さな島国の気位の高い女神様の話。おもしろくないことがあって拗ねて、岩のなかに閉じこもっちゃうの』
「へえ」 そりゃ、リノア、あんた――。
『今のスコールそのものねえ』
「……俺は」
『スコールは寂しいんでしょう、ゼルがガーデンを辞めちゃうから』
何も言えないでいる俺に、駄目よ、とリノアは言う。
『おめでとうってちゃんと言ってあげなきゃ駄目。スコール、あたしはゼルの結婚式にすらきっと行けないんだろうから、あなたがあたしの分もめいっぱい祝ってあげてよ、ね?』
――本当はリノアがもっと身軽になってからって思ってたんだけど、と遠慮がちに報告してきたゼルを思い出す。
今のリノアは気軽に外をほっつき歩けるような立場にない。親友の結婚式にだって、たぶん参列できない。遣る瀬無いけれど、仕方ないことだ。無理やりでも今は納得するしかないんだから。
ゼルもつくづく阿呆だ。そんなあいつが気にしたって仕方ないことをいちいち気にしてねぇで、自分が結婚したきゃすりゃあいいんだ。バラムの親御さんの体調が芳しくないんだろ? 早く孫を見せてやりたいんだろ? リノアのことなんか、俺たちのことなんかに妙に気を遣ってないで、挙式でもなんでもしちまえばいいんだ。俺たちのことを気にしている暇があったら、三つ編みの彼女にちゃんと心を砕いてやれ。SeeDなんぞさっさと引退して、とっととバラムに帰ってしまえ。
そんでこんな血なまぐさい世界には二度と帰ってくんじゃあないよ。
『そうそう、それよ。そう言ってあげればいいのよ。最高のお祝いのことばじゃないの。なんか屈折してる言い方だけど、スコールらしいっちゃらしいわ』
「俺は」
『うん』
「ゼルが結婚するって言ったときに、直ぐにおめでとう、って言えなかったんだ」
そして今も言えないまま。閉じこもった俺を呼ぶあいつの声を無視して、銀なんぞ弄繰り回して。
『うん、寂しいのね』
セルフィはトラビアへ。アーヴァインはガルバディアへ。そして、ゼルはガーデンそのものから去る。
残される俺の内側に燻るこのもやもやとした感情を、人は何と呼ぶのか。
「……――――そう、かもしれない」

渋々と認めると、リノアは電話口で大笑いした。そうして、なんでか、しばらくたったら泣き出した。
『い、いかんいかん、泣けてきた』
「なんで」
どうしてここで泣くんだ。
『こういうときにスコールを抱きしめてあげられたらいいのになあと思いまして』
「泣くなよ……」
俺は抱きしめられるだけじゃあ、イヤだ。
『キスもしたい、……ぐす』
「リノア、鼻水の音が聞こえてる」
キスだけでもイヤだ。
でも今はそれすら出来ない。このどうしようもない距離が憎たらしい。
『大好きよ』
「うん」
心のこもったことばは、心があるからこそ余計に人を切なくさせるから困る。

ゼルは泣くんだよ。俺がおめでとうと言えば。おいおい泣いて、そんできっと笑う。ありがとう、スコールってな。

心の底から思っている。
どうか、どうか、お幸せに。

FF[|080614