シド=クレイマー様

お久しぶりです、シドおじさん。
体調がすぐれないと伺ってますが、くれぐれも無理をなさらないで。
イデアおばさんがとてもとても心配なさるから。
あまりおばさんに心配をかけさせないであげてくださいね。

今日は折り入って、おじさんにお願いがあります。
僕のガーデン入学を許可して欲しいのです。

ねえ、おじさんは、もちろんご存知だったのでしょう? 僕の両親のこと。
僕は、先日、父からはじめて話を聞きました。母のこと。父のこと。
母は世界中を飛び回るやり手のキャリアウーマンで、父は料理が得意な主夫だ……ぐらいにしか思っていなかった僕が、知らぬ間に、いったいどれだけ両親や祖父、おじさんたちに守られていたか。僕は、あの日、はじめて知ったんです。
見知らぬ男たちに連れ去られ、意味のわからぬ罵声を浴びせられ、拳銃を突きつけられる怖さを知りました。
母の存在が世界にどれほどの影響を及ぼすかも。父の強さも。あの日、知ったのです。

父はガンブレードひとつで、僕を助けに来てくれました。
母は泣きながら僕を抱きしめて、キスしてくれました。
僕は呆けるばかりで、なにもできないこどもでした。

数日前にあんなことがあったのが嘘のように、ウィンヒルには平穏が戻っています。
でも町から一歩外に出てしまえば、きっと、そんなことはない。
小さい頃から、母が出かけたあとに窓の外ばかり見ていた父の横顔を見て育ってきましたが、あれはきっと母の身を案じていたんですね。
父は本当は母のあとを着いて行きたいんじゃないかなあ。母がどんなに優秀なSPを連れていたって、父はやっぱり母が心配なのです。おまえのことも心配だよ、と父は言いますが。

ねえ、おじさん、僕をどうかガーデンに入れてくださらないかしら。
一生懸命勉強します。魔女のこと、魔法のこと、武器の扱い方、戦い方、そして政治のこと。僕はなにもなにも知らないのです。
ガンブレードをあんなに鮮やかに使いこなす父は僕に決して剣も銃も持たせなかった。今でも持たせたくないという。なにせ、あの日まで僕は父がガンブレードを扱える人間であることすら知らなかった。
父は、僕にふつうに暮らして欲しいのだそうです。
ねえ、おかしいでしょう。おじさん。
ふつうってなんなんでしょうね。
わかるような気もするけれど、なんだかな。なんだかむなしい言葉です。 両親の気持ちはうれしい。でも、僕だっていつまでも両親に守られてばかりいるわけにもいきません。

そうそう。
来年、家族がひとり増えるそうです。女の子だと思うと母は言います。母の勘はよくあたりますから、たぶん間違いないかと。
魔女に遺伝性は確認されていないと聞きますが、僕の妹が魔女になる可能性は0%ではありません。
でも。そうだなあ。妹が魔女になってもならなくっても、僕は妹を守れる人になりたいなあ。
いつか妹に、妹だけの騎士が現れるその日まで、僕は妹を守ってあげたいと思うのです。
ガンブレードだけで誰かを守れるなんてことは思わないけれど、ガーデンに入学すれば色んな可能性が広がるんじゃないかしら。だって、そのためのガーデンなんでしょう? シドおじさん。

祖父たちは、難しい顔をしてましたが、僕の話になんとか納得してくれたようです。母もぶうと頬を膨らませてましたが、肯いてくれました。
あとは、父だけです。父は母が大好きな野菜カレーを煮込むのに夢中で、ちっとも僕の話に取り合ってくれやしません。しつこく食い下がろうとすると包丁が飛んでくるようになりました。それはもう見事な包丁捌きで。
だから、シドおじさん。父の学生時代のちょっとした恥ずかしい話とかご存知ありませんか? ふふふふ。
教えてくださったら、そうだな、僕、父より優秀なSeeDになってみせることを、お約束します。

ライオンと魔女〜エピローグ〜 080129