13.ちるちる花房 みちる風



花畑を歩けば、霧が濃くたちこめていた記憶のなかへと、どこかなつかしい花の香りが風とともに吹き込んでくる。
霧の薄くなった記憶の向こう側から聴こえてきたのは、自分を呼ぶやさしい声だった。
赤ん坊だった俺は言葉をろくに話せず、手足もバタバタさせるくらいがせいぜいだったけれど、額に落とされた口付けの重みは、きっと母親のものだった。
勘違いだっていい。気のせいだって構わない。
たとえこの記憶が、自分の願望があとから作り出したまがい物だったとしても、俺にとっちゃ唯一の母親の思い出だ。
そうだろう、レイン。

花ぐらいしか取り得のなさそうな、ほんとうに小さな小さなこの町で。俺の両親は出会ったらしい。しかもなんだ、ちゃっかりこどもまでこさえやがって。
元気よく花畑のなかを飛び回るアンジェロを眺めつつ、俺のとりとめのない話をリノアは相槌でこたえてくれた。ときどき俺の手を握って、笑って、そうすっとアンジェロがすかさず俺たちの邪魔に入る。コラ、俺たちは真面目な話をしてんだよ、アンジェロ。
「ふふぅ、じゃあ、あたしは未来の義理のお父さんにこれからお世話になっちゃうわけだ」
「そういうことになるんじゃないの」
「あれ、否定しないの?」
「なにを」
うーん、とリノアは口元に手を当てて考える素振りを見せる。
「なんか、どさくさ紛れのプロポーズにあっさり応えてもらった気分」
「は?」
「ラグナさんをお義父さんって呼べたら素敵ねっていう話」
ああ、なるほど。そういう話か。
「……」
「やだ、スコール、顔色悪いよ」
「あ、いや……」
カーウェイ大佐を父と呼ぶ自分の姿を想像して怖くなっただけだから、そんなに気にするな。あんたとどうこうなるのが嫌と言っているわけじゃねぇから。だから、そんな。
「なによ、スコールはあたしと結婚するのが嫌っていうわけ?」
ハムスターみたいな顔すんなって。
ふくれた頬を撫でてやる。今日は抓らないよ。何度もやさしく撫でてりゃ、ほら、しぼんでくんだよ、あんたの頬っぺた。
「あのなあ、リノア」
魔女戦争以来、醜態をさらしてばかりいた俺だけど、今日くらいは、ビシっと決めたいと思うんだ。さあ、深呼吸をし。
「覚えてなさいよ、スコール」
「うん、って、え?」
何が?
「リノアちゃんを怒らせると怖いのよ」
それはもう、百も承知している。
「エスタで死ぬ気で花嫁修業してくるわよ。5年か、10年か、どれだけかかるかわかったもんじゃあないけど。でも、あたしは、ぜったいにあなたを迎え行ってやるからね」
「え」
ちょ、ちょっと、待て。リノア、そりゃあ……。
「首洗って待ってなさいよ、スコール=レオンハート!」
それは、まるで、プロポーズ。
なんて男前な。

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