12.のはらのはらはらの人たち



あれから――リノアがエスタに行くことを決意してから――色々あった。
魔女リノアの件が公式に発表されるやいなや、俺は風紀委員長に殴られ、俺も殴りかえし、ふたりしてボコボコになったところに割って入ってきたカドワキ先生とキスティスのふたりに、俺と風紀委員長はそろってさらにボッコボッコにされた。
「このヘタレ野郎め。役立たず。糞ミソ。無能。騎士のくせにっ」
ってな具合に、小さい頃からゼファーの騎士物語に憧れていた風紀委員長には散々詰られたけれど、でも俺は少しだけ気持ちが軽くなったんだ。誰も俺を責めちゃくれなかったからよ。よくやったとしか言ってくれない連中のなかで、サイファーだけが違ったわけだ。しかし全身が痛い。

それから、クソジジィ、もとい、カーウェイ大佐がバラムを訪れているというので、嫌がるリノアをバラムに無理やり引っ張っていった。俺は席を外してたんだけど、ふたりはなんかまた派手に喧嘩をやらかしたらしい。
でも、大佐がガルバディアに戻っちまったあと、リノアはちょっと赤くなった頬を押さえながら、俺に笑ってみせたんだ。
「パパにぶたれたのはじめてだわ。スコールにだってぶたれたことないのに」
「だってあんた、俺があんたを叩いたりしたら、百倍返しするだろう」
「そうよ。だからあたし、パパの顔を思い切り引っ掻いてやったの」
親子関係の修復とやらにはまだまだ程遠いようだけれど、リノアは大佐を少なくともクソジジィとは呼ばなくなった。
で、こっちの……ラグナと俺の親子関係のほうはというと俺が逃げ回っているせいで、ちっとも進展がない。リノアにはまだ、話せていない。なんとなく。

セルフィとアーヴァインが揉めているらしい。セルフィがトラビアに帰るとかなんとかで。アーヴァインは自分の将来について考え込んでしまっているらしい。人には散々辛らつなことを言うアーヴァインは(どうやら男相手限定らしいけれど)、いざ自分のこととなると途端にどうしようもなくなる。
「どうしたらいいかなあ」
男三人が俺の部屋で顔を寄せ合って会議をする。議題は、アーヴァインがトラビアに行くセルフィのあとを追うべきか否か。尤も、俺はほとんど黙っているもんだから、発言者は自ずとふたりに限られてくるわけなんだけど。
「おまえ、ガルバディアから帰還の要請が来てるんだろ?」 とゼル。
「そうなんだよねえ」
トラビアのガーデンも大変だけど、ガルバディアのほうも色々大変みたいだ。一応バラム本部のほうからも、多くない人材を割いて、ガルバディアに派遣しているけれど、ガルバディアとしちゃあやっぱり派遣じゃあ不満もある。
まあ、アーヴァインはガルバディア出身だし。そんでもって、例の魔女戦争のときに活躍したSeeDのうちのひとりなわけで。ステータスに目がないガルバディアはアーヴァインが欲しくてたまらないらしいんだ。
「帰ってやれよ。友達だっていただろう?」
「いないもん」
もんって……もんって……。ゼルも顔を引きつらせてる。
テンガロンの色男曰く、あそこの気風嫌だったのよね、だそうだ。堅くて、形式ばってて、あたたかさのない場所、だったんだそうだ。
「そりゃあ、この僕だよ、女の子にはちょーモテタよ。でも友だちを作る雰囲気じゃなかったの」
「はははん。さぞや男に嫌われてたんだろうよ、おまえ」
「ゼルのはモテナイ男のヒガミにしか聞こえないよ」
「なーにおう!」
「人の部屋で騒ぐな!」
一喝すりゃ、ふたりは黙った。
ゼルは不服そうだし、アーヴァインも何かもしょもしょ言っているしよ。
だいたいなんであんたら、いちいち俺の部屋に集まろうとするわけ?
「アーヴァイン、あのな」 俺ははじめて口を開く。
「わかってる、わかってるってば、スコール。君たちに比べりゃ僕の悩みなんて些細なもんだってことくらい、僕だってわかってるさ」
「いや、そうじゃなくて」
なんだろうな、なんて言えばいいのか。
「なんていうか、不満ばっかり言ってるだけじゃあ、何も変わらないんだよ、ほんと」
アーヴァインは黙りこくった。
「セルフィとあんたの関係には、俺としちゃあんま首を突っ込みたかねぇんだけど。あんたとガルバディアは、うん」
「うん?」
ゼルが俺を促す。その慈愛に満ちた顔が気持ち悪い気もするけど、今はありがたくその愛を受け取っておく。
「嫌なら変えちまえばいい。あたたかみのない場所が嫌なら、あんたがあたたかい風を吹かせてやればいい」
不満だけ言ってたって、世界は動いちゃくれない。ふつうは手を差し伸べてくれる人なんかいない。
俺は多分こういうことに敏感なんだ。
自分が殻に閉じこもって、ウジウジしていた分だけ、人のそういうもんにまで目が行っちまう。
ほんとうは、好きにすればいいと思うよ。殻に閉じこもってたきゃ勝手に閉じこもってればいい、と正直思う。閉じこもるのを少しやめてみようと目下努力中の俺は、やっぱり赤の他人の問題にまで首を突っ込むだけの勇気がない。俺にはそんな余裕がないし、やっぱり面倒くさい。冷たいかな? そうだよな、冷たいよな。
でもなあ、赤の他人じゃあないだろ、こいつ――アーヴァイン。
「君がそんなことを言う日が来るだなんて」
アーヴァインは目元を赤くして、くしゃくしゃの顔をした。
なんだよ、泣くなよ。
ゼルはすでにティッシュのケースを胸に抱いて、肩を震わせてやがる。やめろよ、やめろって。男がふたりも揃って。俺は泣かないからな。ぜったいに。
「僕はガルバディアに帰ったほうがいいって思うかな、スコール」
「そうだな。正直、おまえが帰っただけで何が変わるってもんでもないと思うけど」
俺は結局、リノアを助けることが出来なかったけれど。
「でも、無駄にはならないだろう」
無駄ではなかったと、思う。思いたい。
「どうせならガルヴァディアで揉まれてもうちょっと男を磨いてくるといいんじゃねえの」
そしたら、ふたり、ぎょっと目を丸くしてる。
「なんだよ」
「スコールでもそういうこと言うんだな。男を磨くとか」 「ふふふ、言っちゃうのねえ」
「言っちゃまずいのか」
「ううん」 とふたり。 「カッコいいよ」
「……」
ゼルは鼻水を拭うと、なんかやたら嬉しそうに、俺たちにコーヒーを淹れてくれた。
そんなゼルは図書室の彼女と結婚を考えているそうだ。バラムの養母も大喜びなんだと。あ? 結婚式のときは友人代表で、俺にスピーチをしてくれだあ? 勘弁してくれ。

こんな具合に若者たちがつかの間のおだやかな青春を過ごしている間に、狸の学園長はまだ大事をとって休んでいた。
――実は、《これ》は勝手な憶測だったんだけれど。
「……《仮病》だったんですね」
もしかして、と思ってアポなしに学園長のところに無理やり乗り込んだら、元気そうにシュウやキスティスとともに書類に目を通している学園長がいた。神経性胃潰瘍で休んでるんじゃなかったのか、狸ジジィ。
カドワキ先生はあっはっはと豪快に笑ってくれた。これは狸ジジィの共犯者。くそっ、狐ババァめ!
ママ先生は呆然としている俺の頭を撫でた。
「ほんとうに、よくやったわね、スコール」
かくいうママ先生も、共犯者だった。
もうなんなんだよ、ほんと。ほんとに!!
「スコール」
魔女イデアの騎士シド=クレイマーは、俺の手をとって、にっこりと笑った。
「あなたは私よりもずっとずっと強い騎士ですよ」
そしたらもう、あとは思い出したくない。俺はぼろぼろと泣き出しちまったわけだ。気が抜けちまったんだよ。さすがに声はあげなかったけれど、ぼろぼろぼろ大粒の涙を流し続ける俺は、連日の疲れもあって、学園長とママ先生に抱きしめられたまま寝入っちまった。
起きたら、何故かニヤニヤと笑うリノアがいてよ。ふかふかの枕だと思ったものは、リノアの太腿だったらしい。
「……なんで」
学園長もママ先生もカドワキ先生も、シュウもキスティスもいなくなってた。ちっとも起きない俺のお守りを、リノアに頼んで消えちまったんだと。
「ねえ、スコール」
「なに」
「お花畑見に行きたいなあ」
「おはなばたけ?」
「そう」
そうか。ごったごったしてる間にも時間は容赦なく経過しちまって、気が付けば、リノアがエスタに旅立つ日までもう一週間もない。エスタに行っちまったら、しばらくは自由に歩き回れないだろうし。尤も、ガーデンにいる間だってガーデンの外にほとんど出られなかったリノアだけど。
「花……」
「うん」
おはなばたけ。おはなばたけ。了解した、リノア。

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