11.雨のち 空舞う白豚
扉を開けたら、見ず知らずの女が立っていたもんだから、一拍置いて、俺は瞬いたわけだ。
部屋の明かりが消灯された廊下に漏れる。ちょうど俺の影にすっぽりと入り込んでしまうような小さい女は切羽詰っているというか、何か並々ならぬ決意をしたかのような気迫があった。轟々と燃え盛る炎の幻覚をその背中に見た気がして、俺はもう一度、瞬いた。何事?
(つか誰だあんた)
寮規定の消灯時間はとうに過ぎてる。緊急の伝令かとも思えども、そうでもなさそうだ。そもそも男女がそれぞれの寮の間を行き来することは、ほとんどない。こんな時間に年頃と思しき女が、男子寮にいったい何の用……って、え!?
「ちょ……」
ま、待て。落ち着け。おおお俺が? あんたが? 誰が? と、兎に角おおお落ち着け!
「あ、あの……!」
どどどど何処触ってるんだ! ちょちょっと押すんじゃない! 俺を部屋に押し込んで……あんたまで俺の部屋に入ってくるな! や、やめ……。ガ、ガンブレード! ガンブレードは何処だ!?
これはきっと戦場で生命の危機晒されたときに匹敵するくらいのひじょうに危険な状況だと思われる。ここは凶器を振り回しても、立派な正当防衛に……って、うあ!!
「リ……」 リノア――――!!!!
「ちょっと何やってんのよ!?」
と、絶妙なタイミングで男子寮の廊下に木魂するのは、あいつの声(あんたまで男子寮に……)。
急に自由がきくようになった身体はへなへな力が抜けて。何でか足に力入らねぇの。
色々とショッキング過ぎて回転数が著しく減っている頭をのろのろと上げれば、そこにあいつの逞しい背中があった。
「あのね、そりゃぁあたしはあんたに自由にすればとは言ったけどね! でもこれはルール違反!」
あいつが叫んでる。見ず知らずの例の女に掴みかかって、は、いねぇけど、今にも掴みかかりそうな感じ。迫力あるな。そして俺はこんなところに座り込んで、いったい何をやってるんだろう。
「あの時も言いたかったんだけどね、勝負かけるなら正々堂々やんなさい! こんな……こんな夜這いなんて小汚いことすんじゃないっつーの!!!」
(よばい……?)
嗚呼、夜這い。そうか、俺は夜這いをかけられそうになったのか。ようやっと理解したはいいけれど、ショックは倍増、いや三倍増しだ。
「わかったか!!」
俺の部屋の前で、鼻息も荒く肩をぜいぜい震わせるあいつに、呆然と立ち竦む見ず知らずの女。俺は情けなくも、扉のところで尻もちついてる。
そして、廊下には、いつの間にこんなにギャラリーが。見世物じゃないというに。
人垣の向こうにむかつく顔があるな。おい、そこの風紀委員長、そんな笑ってねぇで。風紀を正すものとして、ここはそこの女に説教してやれよ。そんで、学際委員長は、写真なんか撮ってんじゃねぇよ。だいたい、あんた、ここは男子寮だって何度言ったら……。あんたが男子寮にまたまた潜りこんでたことを、司令官権限でガーデン通信に流しちまうぞ、セルフィ。撮った写真はあとで必ずや没収してやるから覚悟してろ。
――ところでよ。
「なぁ、自由にするとかしないとか。勝負かけるとか、正々堂々とか……何の話?」
瞬間、リノア=ハーティリィの背中がぎくりと動いた。
「阿呆か」
「阿呆ですって?」
ピクリとリノアの米神が痙攣したけど、知ったものか。
「つまり、あんたが自由にしろとか無責任なことを言ったりするから、俺があんな目にあったんじゃないか」
俺は心底怖かったんだ。この世にあんなに怖いことが存在するだなんて、思ってもいなかった。女は怖い。怖すぎる。
「じゃあ他にどう言えっての!? あたしにどうしろって!? スコール=レオンハートはリノアちゃんの物だから、絶対に誰も近づくなとでも言えばよかったわけ!?」
「言えばいいじゃないかっ」
言っちまえばいい。いつもいらんことをべらべら言うくせに、なんだってそんなときに限って、言わないんだよ。
「言えるわけがないでしょう!」
――しまった。リノアの声が涙交じりになった。
「い、言いたくなくて言わないわけじゃ……な、ないのよ……ひっく」
「あ、いや……」
その、リノア……。
「言えるもんなら言いたいわよ。でも、出来ないのよ。どーしてそういうところ、わかってくれないのよ」
「わ、悪かった」
リノアの涙声のおかげで少しだけ取り戻した冷静さで、とりあえずこの状況を省みる。誰もが殺風景だと称する男の部屋で、膝と膝を向かい合わせて男と女がじっと睨めっこ。なんだか変な光景だ。男は寝巻き代わりのジャージで、女はお気に入りの青いニットワンピースときた。
なんでこんな夜更けにその服なのか。気になるけど、俺は訊かないよ。訊いちゃいけないと頭のなかで警報が鳴ってる気がするんだ。そして悲しいかな。俺のこういう勘はすこぶるよく当たる。勘弁してくれよ、もう。
「ごめんなさい」
唐突にリノアは謝った。
「は?」
「ごめんね スコール」
そしてふたたび彼女は謝る。
「……さっきのことなら、全然。むしろ俺がお礼を言わなきゃいけないくらいで」
助けてくれてありがとう。
「そうじゃなくて」
「ヘッドロックのことなら気にしてない。ちっとも痛くなかったから」
嘘だった。ちょっと、いやかなり痛かったけど。
「泣いてたくせに」
「泣いてない」
「嘘だよ、泣いてたよ」
「泣いてないよ」
「ギブギブって叫んでたじゃない」
あんたはもう少し気を遣うとか、デリカシーとか、その辺の勉強をしたほうがいい。痛くて泣いてたのを指摘された男なんて立つ瀬がないじゃないか。
「叫んでない」
そして下らない意地をはる俺は大概情けない。
「嘘つき」
「嘘じゃない」
下らない問答だけど、いつからかこういうのは嫌いじゃないと思えるようになった。いったいいつからだったのかなぁ。ちょっと昔の俺なら鼻で笑ってたような会話だ。
「てゆか、あたしが謝りたいのはヘッドロックのことでもないんだけどねぇ」
「うん」
わかってたけど。
「なんにしたって俺はあんたに謝って欲しくないし、あんたが謝るべきことじゃない」
「そうかな?」
「そうなんじゃないかな?」
リノアが呆れたように肩を落とした。
「頼りないなあ」
「悪かったって」
「ほら、あなたもまたそうやって謝る」
「いやそれは」
口ごもる俺を、リノアは少しだけ目を細めて見つめた。
「あたしが昨日、何に怒ってたのかわかってる?」
「あいつらにこっぴどく叱られたから、わかったつもりだ」
「うふふ、けちょんけちょんにやられたみたいじゃない」
知ってたのか。
「キスティスに聞いたの」
「そうか」
「1対4だったんだってね?」
「あいつら容赦ねぇんだ。あ、でもゼルはそうでもなかったなぁ」
「ゼルはスコールのこと大好きだから。もちろん皆もスコールのこと好きなのよ」
「気持ち悪い」
「素直じゃない。素直じゃないぞ、スコール=レオンハートくん。嬉しいなら嬉しいって言いなさいな」
「俺はあんたさえいてくれれば、それだけで嬉しい」
昔の俺なら死んでも言わなかった台詞だろう。リノアは、でも、複雑そうな顔。昔のあんたならきっと嬉しそうに笑ってくれただろうに。
どうして、俺たちはこうもタイミングがかみ合わないのかな。
リノアは膝の上で掌を弄んでる。困ってるときの彼女の癖だ。そうか、困ってるのか。困らせてるのは、俺か。
「スコールにヘッドロックかけてからね、ママ先生とお話したりしてね、また色々考えたの。今までのこと。今日のこと。そしてこれからのこと」
「うん」
俺も考えたよ。ずっと考えてた。
で、今日はやっぱりこの話になるんだな。あんたが俺の部屋に入ってきたときから覚悟はしてたけど。
「スコールに初めて会ったときのこととかも思い出してさ、こっぴどく突き放されたり」
「あんたが煩かったからいけないんだろ」
「ふーんだ。あたしに限らず皆のことをウザがってたくせにぃ」
否定できないところが、何とも。
「他にはあたしが魔女になったときのこととか。宇宙に放り出されたときのこととか。アルテミシアとのこととか」
「色々あったな」
「色々あって、あたしはそれで終わりだったと思ってたんだ。でも、そんなことなかった」
俺はまたあの夜のことを思い出してた。熱にうかされて、幸せで、涙さえ出そうだった、あの夜。明日から明るい日々が待ってるんだと馬鹿みたいに信じられた夜だった。
――意外とね、世の中捨てたもんじゃぁないわよね。
そう言って、あんたは笑ったんだよな。
「幸せで、あたしひとりで浮かれてたそばで、でもスコールは苦しんでたのよね」
そんなことない。俺も幸せだったよ。だってあんたがそこにいたんだ。
「あたし馬鹿だから スコールはただ忙しいだけなんだと思ってたのよ」
着々と進んでいく戦後処理の話し合い。でも最後までなかなか決着がつかなかった魔女リノアの処遇。俺はあの会議の椅子に座りながら、常にガーデンの司令官長としての最善の振る舞いを務めていたつもりだ。胸んなかがどんな大荒れだったとしても 表面は常に冷静さを装ってた。
ポーカーフェイスは苦じゃない。苦しかったのは、魔女リノアに対する心無いひとことひとことに、いちいち傷つかずにはいられなかったことだ。
「ちゃんと考えてみれば、戦後処理の会議で、あたしのことが問題にならないわけがないのにねえ」
リノアが自嘲的に笑う。
「なのにあたしは、あなたが忙しいのはSeeDなんだから当然ぐらいにか思ってなかったの」
「事実そうだろ。俺がたまたまSeeDの代表者だったから、忙しかったのは確かだ」
「忙しいだけならまだしも、スコールは精神的にもすっかり参ってたっていうじゃないの。これ……」
そう言って、リノアはポケットから何かを取り出して、俺の前にかざしてみせた。
ちょ、ちょっと待て。な、なんで。
「なんであんたが」
どうしてあんたが持ってる? カドワキ先生特製の俺専用の胃薬。
「スコールが頻繁に飲んでたから。悪いとは思ったけどこっそり拝借して、カドワキ先生のところに持って行って、何の薬なのか聞いたの」
「あのな、リノア」
「スコールはただのビタミン剤だって言ってたけど」
「あー、あのな、嘘ついたことは謝る」
「嘘ばかりなんだもん」
リノアは怒ってる。頬を膨らませてる。ハムスターみたいに。
「何がなんでもないよ。何が全然平気よ。あたしがいったいどれだけ心配したかと」
彼女は怒りでかすかに肩を震わせているようだった。鼻息も少し荒い。
「カドワキ先生に聞いたのか。その、会議のこととか……」
リノアのことだ。薬がただのビタミン剤じゃなかったとわかれば、カドワキ先生に問いただしたことだろう。そりゃもうすさまじい剣幕で。
「カドワキ先生にも聞いたし、キスティスや他のみんなにも聞いたよ。学園長にも。ラグナさんにも」
「……知らなかった」
「みんな最初は言葉を濁しててね」
そりゃそうだろう。俺が……。
「スコールがみんなに口止めしてたことも聞いた」
予防線を張っておいたのに。みんなは結局リノアに押し切られて話したのか。いや、そもそもが、俺がみんなに口止めしたときにも、だれもいい顔してなかったんだよな。
「だからあたしもみんなに口止めしたの。スコールにはあたしが全部知ってること黙っててねって」
「だからか」
俺はすっかりリノアは何も知らなかったとばかり。
「知ってたのなら」
「言ってほしかった?」
ぎろりと睨まれた。
「悪かった」
そうだよな。俺がそんなこと言えるような立場じゃなかった。
「あたしは待ってたのよ。あなたから言ってくれることを、待ってた」
「ごめん」
会議だ任務だと言って出かけてゆく俺を見送る彼女はいつだって笑顔だった。
「私情を抜きにしても、あなたはあたしに言うべきだったはず」
「……」
「魔女リノアの意思を訊く義務が、あなたにはあったはず。あなたはガーデンの司令官長なんだから」
重い沈黙がそこに漂っていた。
俺はただ黙ることしかできなくて、リノアは何度か深呼吸をしてた。すぐに感情的になる彼女が、どうにかして理性的に話そうと努めている。
先に口を開いたのはリノアだった。
「わかってたことだけど。結局スコールが倒れるまで追い詰めたのは、あたしだった」
「違う」
なんでそうなる。なんで。どうして。
「あたしが魔女だから」
「違うって」
「あたしが魔女じゃなかったら。スコールがこんなふうに一人で全部抱え込んで倒れちゃうなんてことも、きっとなかったと思うの」
俺は首を横にふって、必死に否定する。
だから。だから、俺は言いたくなかったんだ。あんたは絶対に自分を責めるから。自分が魔女だってことを嫌悪するだろうから。俺は。俺は……。
「あたしがこんな風に考えるのも、よくないのよね」
なんだ、わかってるのか。
「で、あたしがこうやって自虐的な考え方をするから、スコールは魔女会議のことも言えなかったのよね」
「……」
「沈黙は肯定とみなします」
「俺にどう言えと」
肯定なんてできないじゃないか。今頷いたら俺は、すべての責任はあんたにあると言うも同然じゃないか。
睨み付ければ、リノアはあははと笑ってみせた。
「ごめんね。意地悪な言い方だったね」
俺は俯いて、膝の上でぎゅっと拳を握る。
「ありのままを話して。今まで黙ってた分、あなたがこの一年間思ってたことを。全部。ありのままに」
リノアの言葉ひとつひとつが、俺に重く甘く圧し掛かって、同時に俺のなかの何かを紐解いてゆく。まるで魔法のように。
「俺は」
膝の上に置いてあった俺の手の上に、彼女の掌が重なる。いつ見ても華奢な手だ。
「俺はあんたが魔女だとか魔女じゃないとか、そんなことを気にして、あんたを好きになったわけじゃない」
「うん」
「俺はただ、あんたと一緒にいたかっただけだ」
「うん、あたしもよ。あなたと一緒にいたい」
掌が熱を持つ。体中に熱が走る。
「でも、まわりはそれを許してくれない」
「魔女は嫌われ者だからね」
だからそういう言い方は……。
「ああ、ごめんごめん。こういうのは駄目よね」
苦笑いしながら、労わるような彼女の目は、俺を見据えている。
リノアは、そうやって自分で自分を痛めつけることが、俺まで傷つけてることをわかってる。だけど、そうしたらリノアはどうしたらいい? 自分で自分を痛めつけることもできず。ましてや周りに当り散らすこともできず。どこでどう発散したらいいのか。
「スコール、続けて?」
促されるままに、俺はしゃべり続けた。口下手だと言われる俺が。
「一年間、魔女の……あんたの今後の処遇について話し合ってきたけど、俺は俺の認識の甘さを痛感するばかりだった」
「世界の目は冷たかった?」
「思っていた以上に」
「何を言われたの?」
「魔女の悪口。だいのおとながこどもみたいに、魔女の悪口を言ってた」
「悪口?」
「うん」
会議の空気を思い出すだけで体は震える。
「泣かないで」
「泣いてなんかいない。むかついてるだけだ」
「あなたがむかつくことなんて。これっぽっちもない。あたしはどんなに酷く言われたって平気」
だってそうでしょう? リノアは笑ってみせた。
「世界中の人が揃って魔女の悪口を言うけれど、それは魔女のことであって、あたしのことじゃないのよ。リノア=ハーティリーに対する誹謗中傷じゃない」
「わかってる」
「なんだ。ちゃんとわかってたの」
「でも連中はわかってないんだよ。リノアを知らない連中が、さもリノアのことを知ってるかのように、あんたを徹底的に叩くんだ」
「放って置けばいいのよ。気にしなきゃいいの」
「あんたはそのつもりでも、連中はそうは思わない。連中があんたをそっとしてくれない。それにな、あんたがあの場に……会議にいたら あんただって気にしないでいられるわけがない」
「そんなに酷かったの?」
酷すぎる。
言葉を飲み込んで黙りこくった俺だけれど、リノアはそれで十分理解したらしい。そっか、と何てことがないように頷いた。
「んーでも、一年間話し合ってきた結果、魔女リノアをエスタに置くことで決着はついたんでしょう?」
「ああ」
「お疲れ様」
本当にお疲れ様。リノアは俺の掌を撫でた。
「俺が納得できてない」
「わがままね。殺されなかっただけ乙としなきゃあ」
「なんでそうあんたは……」
殺されるとか、そういう言い方するな。冗談でも絶対に聞きたくない言葉だ。
「スコールがいちいち気にしすぎなのよ。あなたはやさしすぎるの」
「やさしいなんて言われたの初めてだ」
「あらそう?」
仏頂面で頷けば、リノアはおかしそうに笑ってみせた。
「あなたは優しいひとよ。で、痛みに過敏」
「それは俺が弱いってことか」
「違う。でもあなたはもう少し鈍感になってもいいと思う」
「あんたは鈍感過ぎるからな」
「そうよ、鈍感よ。気にする必要のないことには鈍感でいたほうがお利口さんよ」
胸を張って、妙に誇らしげにリノアは言った。
「リノア……」
背筋をしゃんと伸ばして俺を見つめる黒曜石はキラキラに輝いて。
「あたしには力がない。皆を納得させるだけの力がないの。そのくせ魔力だけはバケモノ並みで、そのバケモノ並みの魔力を抑えることもままならない」
リノアは自分の両の掌を見つめる。
「そりゃあ皆は怖がるわけよ。今のままのあたしじゃあ、誰も受け入れてくれないわ」
俯き加減で自嘲気味な笑みをこぼすリノアを見ながら、俺は我知れず唇を噛み締めていた。
「俺がいる」
「ありがとう スコール」
そんなあっさりとした言い方しないでほしい。お礼を言われてるのに、どこか突き放された感じがするんだ。
「俺だけじゃ駄目なのか」
「駄目じゃない、嬉しいわ。世界中の誰かじゃなくてあなたがいてくれることが嬉しい。でもあたしは自分が許せない。とりあえず今のあたしは駄目全然駄目。リノア=ハーティリーは魔女リノアに振り回されてるだけだもの。リノア=ハーティリーが魔女リノアをきちんと飼いならさなきゃいけないの。そのためにはエスタは最高の場所」
嗚呼。
リノアが部屋に入ってきたときから感じていた恐怖。その正体を、この瞬間、知った。
「スコール」
リノアが俺の顔を両手で包み込む。
目の奥が熱い。鼻がつんと痛む。震える唇をさらに噛み締めて。
リノアも泣きそうだ。
「スコール……あたしはエスタに行くわ」
頬を熱い液体が伝う。
見慣れた青いニットワンピースは彼女の決意の証。ニットの背中の白い翼が元気よく羽ばたいっちまいそうな気がして、俺はしぱしぱと瞬きした。
「エスタに行くからね」
世界がそう決めたからからではなくて。司令官としての俺がリノアを諭したわけでもなくて。それはリノアの意思だった。
「大丈夫 いつか戻ってくるわ」
「馬鹿言うな。クソジジイどもが許さない」
最低だ。こんなことしか言えない俺。
離れたくないんだ。ただあんたと離れたくない。
「だったら許させるまでよ。リノアちゃんのことをわかってもらうまで」
そう言ってのける、その強さはどこから生まれてくる。
「ママ先生とも色々話したの。エスタならオダイン博士もいるし、そこで魔女の研究に携わろうと思うの」
「モルモットになるつもりか」
だからどうして俺はこんな言い方しかできない。これ以上リノアを傷つけてどうするつもりだ。
行かないでくれと叫びたい。
「スコール」
胸に抱かれる。やわらかな胸の感触にこんな状況下で反応している俺は、なんて……。
「私が証明してやるの。魔女が悪いわけじゃない。そりゃ悪い魔女もいるけど」
「悪い人間もいる」
そこれこそくさるほど。
「そういうこと」
体は熱くなる一方だったけれど、なんでか、逆に気持ちは落ち着いていくんだ。
リノアは魔女で、俺は騎士で。
騎士は魔女を守護する者で。
「リノア」
「うん」
「リノア」
魔女の心臓の音が荒れくれた騎士の心を静めてゆく。なんだか俺のほうが、彼女に守られている気がしてきた。騎士って何だ。守るってどういうことだ。
「うん」
「リノア……」
「とりあえず、荷造りしなくちゃね」
あのガラクタだらけの部屋を思い浮かべて、ちょっとだけ笑った。
「大好きよ スコール」
俺もあんたが好きだよ、リノア。
好きだ。大好きだ。今なら君が好きだと、ガーデンの校内放送を使って叫んでやってもいい。
「スコールってば、なーに自暴自棄になってるのよ」
「……」
好きだから、俺は、あんたを失うのが怖かったんだ。
怖かった。そう、彼女がひとりで歩き出してしまうことが怖かった。怖かったんだ。
やわらかい身体に腕を回して、馬鹿みたいに力を込めてぎゅっとリノアのニットを握り締めた。こうすれば彼女の背中に生えている翼を、もぎ取ってしまえるかもしれないなんて、この期に及んでそんなことを考えてた。
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