リノアにプロレス技と護身術を足して2で割ったような攻撃を受けて、俺の体はさらに酷い悲鳴をあげていた。でもそれ以上に悲鳴をあげているのは、心臓のほうかも。
リノアにぶたれた。リノアに殴られた。リノアに……嗚呼……。
俺はそんなつもりはなかったのに。彼女を怒らせるつもりなんて、これっぽっちも。
しかも、泣かせた。去り際の彼女は、涙声だった。
泣かせたいわけじゃないのに。守りたいだけなのに。俺は、ただ彼女を守りたくって。
そもそも守るってなんだ? 騎士ってなんだ? 俺はどうすればいい?
駄目だ。こんな熱にうかされた頭で考えても、駄目だ。

あれ? 俺の額にタオルを乗っけるのは。
「リノア……?」 戻ってきてくれたのか?
「ざぁんね〜ん。リノアじゃないんだなーこれが」
アーヴァイン、なんでおまえが、俺の部屋に。合鍵のカードキーは? 何? リノアに受け取っただ? 何考えてるんだ、あいつは。
「リノアからスコールの看病を頼むって連絡が来てさ」
「……」
「カドワキ先生のところに送り帰しちゃえばー? って言ったんだけど」
頼むからそれだけは。
「リノア曰く、スコールが嫌がるだろうから駄目だって」
よくわかってるな。
「保健室で寝てると騒がしいんだ」
「へえ、男? 女?」
「女」
「はは、伝説のSeeDくんの寝顔を拝もうとガーデン中の女性が集まってくるってわけだ」
俺なんかを見て何が楽しいんだか。
「女の子は皆どうして君のことが好きなんだろーね」
知るか。俺のほうが聞きたいよ。俺なんかのどこがいいんだろう。……って、こいつに言われると、ものすごく腹立たしいんだけど、どうしてだろう。
「リノアはどうして君なんかのことが好きなんだろーね」
「……」
アーヴァイン、あんたって奴は……。
「ねえ、スコール?」
うるさい。うるさい。痛い。額の傷がずきずきと痛む。
「泣いてたよ?」
うるさいって! 黙れよ!
「気になる? あー、安心して。リノアのところには、セルフィを行かせたからさ」
「だま……」
「スコール無事ー?」
俺の部屋のドアが開いて、あれ? キスティス? その後ろには、ゼル?
両手一杯になんか色々抱えて。あんたたち、いったい何なんだよ。

ゼルはわざわざ、バラムの実家にまで戻って、義母親に風邪によいというミルク粥を作ってもらってきたらしい。
「マッハで戻ってきてやったぜ! 俺の母ちゃんのミルク粥は、ほっぺたが落ちるほど美味いんだぞ」
「ありがとうな、ゼル」 ちょっと小腹が空いてたから、ありがたい。
だから、いちいち抱きつくな! この!
「だってよーおまえがお礼を言ってくれるとさ、こうジーンと……」
「胸が熱くなるんだよね〜」
アーヴァイン、おまえは黙ってろ。今の俺にとっては、おまえのその笑顔ほど嫌なものはない。
「そうそう、ジーンと……嗚呼〜」
ゼルも黙れ。
こいつらを黙らしてやってくれ、キスティス。あんたの言うことなら、こいつらは聞いてくれるはず。俺の言うことは聞かないんだ、こいつら。
「スコールー、台所借りるわよー。ゼルのお母さんのお粥を温めなおすから〜」
キスティス、あんたも大概マイペースな人だな。

で、また扉が開いて。
「はんちょー!! お見舞いに来たよ〜ん」
広くない俺の部屋は、個性豊かなSeeDたちでいっぱいいっぱいになる。
……もう、勝手にしてくれよ。俺はとりあえず寝るから。

そして俺は俺自身を怨む。39度の熱がたった数時間で下がるって、日ごろの鍛錬の賜物かな。でも、今は嬉しくない。嬉しくないぞ。
たとえば、俺の体が人一倍弱くて、いや、せめて人並みの肉体的な弱さを持ち合わせていれば、高熱がこんなに早く下がることもなかっただろう。
それで、こんな居心地の悪い状況に持っていかれることもなかったはずだ。俺が寝るベッドのまわりをずらりと囲む、キスティス・ゼル・アーヴァイン・セルフィ。そんな目で見るな。
「熱は下がったから、とりあえずは帰ってくれて構わない。色々と悪かったな」
俺がそう言ってるのに、どうして皆、動かない。正座して、床に座り込んで。だからそんな目で見るな。
「話があるの」 とキスティス。
「帰ってくれ。礼は今度する」 司令官権限で、あんたたちに有給をとらせてやるから。
「話くらいできるでしょう?」
「病人相手で、まともな話ができると思うか?」
「病気じゃなくて、ただの疲れでしょ。素人じゃないんだから、疲れなんて少し寝ればとれるわよ」
おい、無茶言うな。
「現に熱は下がったし」
そこを衝かれると、俺としては何も言えやしない。
「いい? 時は一刻を争うの。おわかり?」
やめろよ。そういう小さなこどもを諭すような、言い方。
「で、リノアに何言ったん?」 とセルフィ。
その単刀直入な話の運び方は、ときに俺にとって羨ましく思えるけれど、今はそうは思えない。ただのデリカシーに欠けた台詞だ。
「リノアがはんちょの看病を放棄するなんて、よっぽどの事態だと思うんだよね〜。リノアの部屋に行っても、入れてくれないし……」
「ただの喧嘩だよ。あんたたちには関係ない。とりあえず、俺たちのことは放って置いてくれよ」
俺はもう一眠りするから。
「関係ないわけないでしょ」 とアーヴァイン。
「そうよ」 頷くキスティス。
思いっきり眉間に皺をよせた俺に気をつかったのか、ゼルだけがおたおたとしていた。おまえのそういうところがサイファーにチキン野郎と言われる所以だ。
「どーせとんちんかんなこと言って、リノアを怒らせちゃったんでしょー?」 うるさいな、アーヴァイン。おまえのその間延びした口調がいちいちい俺の癪に障るんだ。しかもおまえは俺がそう思うのわかっててやってるだろう? 確信犯め。
「怒らせてなんか」 黙ってればいいものを、ここで言い返す俺も馬鹿だ。そもそも、俺はそんなとんちんかんなことなんてなんて言ってない……はずだ。
「少なくとも泣かせはしたよね」
「……」
「そして、きみはリノアがなんで怒ったのかも、泣いたのかもぜんぜんわからない。そーでしょ?」
否定できなかった。

種蒔くこどもたち 071211