そして、ガーデンに着くなりぶっ倒れる俺はなんて情けないんだろう。
神経性胃炎に自律神経失調症。そりゃ体の抵抗力も下がるわな。39度越えの熱なんて久方ぶりだ。
「SeeDのくせに体調管理もできないのかい、情けない」 と、カドワキ先生はため息交じりに。そんな些細な言葉にどん底にまで凹む俺はなんて弱い。
強くなりたい。強く。ずっと、ずっと強くなりたいと思ってきた。

あー頭イテ。頭だけじゃない。倒れたときにどっか打ったのかな。身体中のあちこちがイテぇや。
「まったくねぇ、これでよくもまぁ、司令官長が務まるものねぇ」
「……あの、先生、もう帰っていいですか?」
これ以上ここにいても、先生のキツイ説教が待っているだけで。それが自分にとって必要なことだってのは、頭じゃわかってはいるけれど、残念。今はそんな気分じゃないんだ。今、俺が欲しいのは……。
「お待ちよ。その体でどこに行くって言うんだい」
先生の了解を待たずして、そそくさとベッドから降りようとする俺を、先生はぐぐっと押さえつける。どうでもいいけど、先生、女性ですのに、随分と力がお強いことで。いや、俺の力が弱くなってるだけなのか?
「どこって……寮に……」
俺が“帰る”ところと言ったら、そこぐらいしかない。それともあの灯台の孤児院? それともウィンヒル? はっはっは、あー頭が痛い。
「平衡感覚もなっちゃいないくせに?」
「歩けないこともないです」
我ながら可愛くない返答だこと。
ふん、とカドワキ先生は鼻から息をもらす。
「もうすぐお迎えがくるから待ってな」
お迎え?
と、タイミングよく開いたドアの向こうから顔を出したのは。
「オッハロー。スコール。体の調子はどう?」
緊張感に欠ける高い声は、リノア。


抱きしめれば、抱きしめ返してくれる。抱きしめなくても、黙って何も言わずに抱きしめてくれる。俺が欲しかったのは、こんな存在。
ああ、涙が出そうだ。絶対に涙なんて流さないけれど。
「スコールくん? 重いよー」
口先では文句は言ってるけど、なんか嬉しそうだ。
そうだったな。あんたに限って、黙って何も言わずに、なんてことはありえない。でも今はその騒がしさが心地いい。もっと喋っててくれ。なんでもいい。今の俺は寛大だ。
「リノア」
「重いってばー」
39度の熱を侮るなかれ。関節は軋むわ、手足は痺れるわ。保健室から寮まで根性で歩いてきたオレの足は、もう使い物にならない。体に力の入らない俺は、必然的に彼女に凭れ掛かるしかなくて。すぐ後ろにベッドはあるんだけど、まだもう少し、このままで。
目を閉じれば、鼻腔を擽る彼女の甘い香りが一層強くなる。
……駄目だ。こんなときに何考えてるんだ。今俺がすべきことは、そんなことじゃなくて。
逃げるな。きちんと話せ。全部、洗いざらい。

「スコール?」
背中を撫でてくれる手はやさしくて。嗚呼、駄目だ。その香りに誘われるままに首筋に唇と寄せれば。
「スコール!」
「いっ」
お見事。ちょっと前に、俺が彼女に仕込んでおいた護身術。顎に一発、腹に一発。吹っ飛ばされた俺の体は、背後の布団の海へダイブ。
「病人はとっとと寝なさい!」
なんか逞しくなったな、あんた。いろんな意味で。

枕に押し付けた頭がずきずきと痛む。
――話したいことがあるならきちんとリノアと話せよな。
会議の前のゼルの言葉が、頭のなかで響く。煩い。
――少しは正直に行こうぜ、スコール。
うるさいうるさいうるさい!!
違うんだよ。正直とか、そういうことじゃないんだ。
俺には、話したいことなんてなかった。俺は、絶対に話したくなんてなかったんだよ。話したいなんて思ったことなんてなかった。
ゼル。俺は“欲望の赴くままに”リノアに話さなかったんだよ。

話すべきだとわかってることを、話さないでいたんだ。
――俺は、話したほうがいいと思うぜ?
ゼル。話したほうがいい、とかそういうレベルの問題じゃない。絶対に話さなきゃいけないことだったんだよ。きちんと、リノアには話すべきだったんだ。そして、どんなに先延ばしにしても、いつか必ず話さなきゃいけないことだった。遅かれ、早かれ、リノアに伝えるべきことだった。
怖かったのは、リノアが傷つくことだけじゃない。傷つくリノアを見ることが一番怖かった。どうやって彼女を慰めたらいいのか、俺にはわからない。下手な慰めなんて彼女にとって気休めにだってならないだろう。俺はきっと、泣く彼女を前にして、ただ突っ立てることしかできないだろう。
夢で何度見て、魘されたことか。ぼろぼろに泣くリノアに、何もしてやれない自分。なんて情けない。なんて頼りない。騎士のくせに。

俺はこの一年間、いずれ来たであろうその日から、目を逸らして、逃げ続けてきたんだ
逃げて、逃げて、とうとう今日になっちまった。今日こそが、きっと、その日――。

「スコール?」
やさしい声がする。
「眠ったの?」
ひんやりとした手が、俺の頬に触れる。
今、何か喋ったら、俺の声は情けないくらいに掠れていたに違いない。

魔女のゆりかごでおやすみ 071211