ゼルが腹が痛ぇとか言ってトイレに篭っちまった。大丈夫か、あいつ。なんか出発する前に食堂の限定パンを無理やり腹に詰め込んできたとか言ってたけどよ。頼むぜ、自己管理くらいきちんとやってくれ。
アーヴァインは友人のいなくなった操縦席をすかさず占領した。セルフィの気持ちをちょっとでも体感したいんだそうだ。操縦席とはいっても、目的地入力して運転モードをオート設定にしてあるから操作なんかする必要ないんだよな。絶対にオートモードを使いたがらないセルフィは必ずマニュアル操作だから、オート設定じゃセルフィの気持ちの体感もくそもないわけで……。
「ねぇスコール」
「なんだ」
「マニュアルにしてもいい?」
「俺たちを殺す気か」
どうか、あんたの運転は遠慮願いたい。
「ねぇスコール」
「なんだ」
セルフィ体感ごっこはもうお終いか? ゼルはたぶんまだ帰ってこないぜ。
「ゼルはいいヤツだよねぇ」
何なんだ突然。
「……そうだな」
あいつはいいヤツだ。ちょっとばっかし考えが足りないように見えて、実はものすごく人に気を遣うヤツだ。武道派のくせに妙に涙もろくて、人情深くて、そういうヤツだ。お人よしで、単純で、純粋で、やさしい。俺にないものを沢山持ってるヤツだ。
「ゼルはさ、人を意地悪く見ることが出来ないんだよね」
「そうだな」
ふふとアーヴァインが笑う。嫌な感じだ。セルフィ体感ごっこはやっぱり終わったようだけど……。
「それで、ゼルは君にとびきり甘いんだよね」
俺はアーヴァインを見る。アーヴァインも俺を見ている。俺は無表情を作って、アーヴァインは笑顔を作って。
「でもボクはゼルと違って意地が悪いし、君に甘くはないからね」
ああ、知ってるさ。ゼルが俺に甘いように、あんたは俺にすこぶる厳しい。
「予め言っておくけど、君たちの間に何かあったらボクは絶対にリノアの味方するからね。覚えておいてよ」
「わかってるよ……」
「セルフィもリノアの味方だよ」
「わかってる」
「キスティスもだよ」
「あいつはいつも中立だ」
キャラ的に。
「馬鹿だなぁスコール。中立だからこそ、容赦なく悪いほうを責めて、悪くないほうを擁護するんじゃなか」
それは、つまり、俺が悪いと……。
「でも大丈夫。きっとゼルはいついかなるときも常に君の味方だ」
だから安心したまえよ。アーヴァインは言う。
「俺は味方なんて欲しくない」
「欲しくない、ねぇ〜? ああ、なるほど。リノア以外?」
嗚呼、アーヴァイン。本当にあんたってヤツは。
「俺はあんたが嫌いだ、アーヴァイン」
「知ってる。でもボクは好きだよ」
嘘つけ。その笑顔で言われたって、誰が信用するってんだ。
「好きだから忠告するんだよ。君たちの……いや、君のためだよ。ボクってほら、お友達思いだから、さ」
よくもまあ、ぬけぬけと。
「まだ何も、決まってない」
声が枯れる。
「まだ、だ」
何も決まってない。まだ何も終わってない。未来は、きっと、ある。
優男の顔が歪む。それは同情の面か。俺を哀れんでるのか。
「もう僕たちが抗うのも限界だよ。ねえ、僕より優秀な君がわからないわけがないよね? 今回の会議で決まる」
言ってくれるな。
握り締めた掌が痛い。爪が食い込んだかな。血が出てるみたいだ。
「でも、そうだね。君の言うとおりまだ完全に決まったわけじゃないよね」
そうだ。まだ、だ。俺はまだ首を縦に振ったわけじゃない。あいつ等に屈服したわけじゃない。
「本当だったら、すべてが終わってから、こういうことは言うべきだったんだろうけど」
「それだけは勘弁してくれ」
「うん。スコールってば、今回の会議が終わったらきっとものすごく落ち込んじゃってるだろうからさ。さすがのボクもそんな君に追い討ちをかけるようなことを言いたかないからさぁ。だから、ね?」
「ね?」
「前もって言っておいただけ」
あのな。俺は、やっぱり。
「俺はあんたが嫌いだ」
大嫌いだ。
どうしてこの世に魔女なんてものが生まれてきたのか、俺にはわからない。
でもそんなこと考えたってどうする? 不毛な話じゃないか。
世界中の大小様々の国々とガーデンを巻き込んでの魔女戦争が終結してから一年。戦後処理会議先やっと一段落付いた。長い間揉め続けていた魔女リノアの今後の処遇問題について、各国が一応の合意を示したからだ。
やっとここまで来た、と思えない。一年だ。一年話し合った。一年分の結果がこれか。
無駄に派手な会議室のところどころからは、もう和やかな談笑が始まってる。俺はそんなものに加わる気分には、とうていなれない。
魔女戦争を招いた者の一人として魔女リノアの処刑を求める声や、魔女アデルのように恒久封印を主張する国も決して少なくなかったなかで、一貫して魔女リノアに対し擁護的な姿勢を崩さなかったのがガーデンだ。ガーデンの司令長官のオレが渦中の魔女リノアの“騎士”なのだから、当然といえば当然の話。学園長やママ先生もいるしな。魔女リノア擁護派は俺たちだけだったと言っても、間違っちゃいない。
嘗てエスタを恐怖に陥れたアデルや、魔女対戦の引き金であったアルテミシアのような魔女だけが“魔女”なわけではない。――俺たちはそう主張し続けた。
リノアは、世間一般の連中が思い描くような…そんな魔女じゃない。
ガーデンは国ではない。あくまで傭兵の集団だ。重宝されるわりには、見下されることも多い。SeeDを雇うには膨大な金がかかるからな。俺たちを雇う国にも思うところは沢山あるんだろう。魔女戦争戦後処理の世界会議にも、当初ガーデンは参加すら認めてもらえなかったし。それどころか、魔女戦争終結直後から暫定的に魔女リノアを保護していたバラムガーデンに対して、世界は魔女リノアの引渡しを要求してきた。俺や学園長が首を縦に振るはずはなかったけれど。
下手すれば戦争だった。ガーデン対世界政府。魔女擁護派対魔女抹殺派。でも、戦争をする力はどの国にもなかった。列強と謳われる国ですら。だれもかれもどこもかしこも疲弊しきってたんだ。だから世界政府は苦肉の策で、俺たちを世界会議に召還することにしたわけだ。
平行線を行くばかりの会議。そのなかで、ガーデン代表のシド=クレイマーが倒れ、バトンは俺へ。やはり会議は平行線だった。
最終的に会議を締めくくったのは、エスタの大統領の暢気な一声だった。
「じゃあ、エスタで魔女さんを預かりますわ」
ずいぶんと長い間、表舞台に出てこねぇで文字通りの沈黙を貫いてきたエスタが喋ったってだけでもビックリだってのに、しかも魔女で散々痛い目にあってるエスタがガーデンの主張に同情的だったから、そりゃあ諸外国は驚いてたよ。科学技術力が世界の二歩も三歩も先を進んでて、軍事力は世界一で、しかもガーデンとは違って国っていうしっかりとしたステータスのあるエスタの主張だしな。皆、びびっちまってよ。
結局、『魔女リノアの超大国エスタ内オダイン研究所における厳重保護観察処分』―――これで落ち着いた。
嗚呼、世の中は汚い。とても汚い。そしてねちねちと粘着質だ。世の中がというよりも、大人がと言ったほうが、この場合は正しいかもしれない。とにかく大人は汚い。成人していない青少年には、高飛車な態度で臨んでくるし、いちいち偉そうだし。
それが俺の率直な感想。
くだらない言葉の掛け合いを、妙に小難しく、さも大変なことを話している風に装うのだけには、長けてる。いっそ天晴れだと言いたくなるほどに。
――意外とね、世の中、捨てたもんじゃぁないね。
そう言って笑った彼女に、そうかもしれない、と答えられたのはいつの日のことだったかな。
ああ、あれは……そう。彼女の肌の温さを知った夜のことだ。あのときは、本当にそう思えたんだ。世の中捨てたものじゃない。あの夜は、確かに世界が煌いていて。眩しかった。
あれから、どれくらいの月日が経った? たった一年かそこらしか経ってないのに、もう遠い昔、遥か彼方の出来事のようだ。
ポマードでがちがちに固めた髪の大人に囲まれて、睨まれて、散々嫌味を言われて。こんなんだったら、俺はムキムキマッチョの怖ーい魔女とでも戦っていたほうが数万倍マシだ。
本音を言わせてもらえば、ずっとこの場から逃げたしたかった。逃げて逃げて、ガーデンの寮の暖かいベッドにでも逃げ込みたかった。
俺は周りの連中が言うほど強いわけでも、すばらしいわけでもない。むしろな、弱いんだ。その弱さを皆の前に曝け出せる強さすらも持ち合わせていない、ただの臆病者だ。今も昔も。ずっとだ。
そんな俺がよくもまあ1年間もこの苦痛に耐えてきた。それも一重に、彼女を失いたくなかったから。ただそれだけだ。彼女を失うのが、怖くて怖くて仕方がなかった。怖いから耐えた。怖いから逃げなかった。いつだって俺の動機は“恐怖”にある。本当に情けない話だけど。
で、カドワキ先生特製胃薬を常に持参し、夜は不眠と戦い、一年間ポマードのお偉いさん方と散々話し合った結果が、これか?
「よくやった」 と、エスタの大統領は大真面目な顔で言う。でも、正直、俺からしてみれば、どこが? と 思わずにはいられないわけで。今回の世界会議の中で、俺にいったい何が出来たというんだ。自分の非力さを痛感するばかりで、俺は何もやっちゃいない。「よくやった」 だなんて言葉を貰える資格が、俺のどこにある。
結局、俺はエスタ大統領に救われたみてぇなものだ。
そして、心配そうにオレを見るのは、チキン野郎、もとい、ゼル。アーヴァインも何か言いたそうだけど。
まあ、いいや。とりあえずガーデンに帰ろう。今日のことを皆に報告しなきゃな。胃が痛いけど。痛くて仕方ないけど。痛み止めの薬が切れて辛いんだよ。ガーデンまで、ラグナロクで三時間。正直、この胃痛に耐えられるかは、微妙なところだけど、とにかく帰ろう。
「スコール……」
ゼル、泣いてるのか。儚げな涙が……男泣きとは程遠いな。……なんだよ、止めろよ。気色悪いって。
「あのな、ゼル……」
頼むから、その目は止めてくれ。
「スコール〜」
うわ、抱きつくな。やめろ、やめてくれ。ほら、会議室にはまだ人が残ってるんだ。向こうのオジサンも俺たちを見てるぞ。あれこそ驚愕の眼差し。軽蔑とそして微妙に入り混じった期待。
嗚呼、ちっ違います。ご、誤解です。こいつはただの仲間で……同僚で………。
いやーお若い者はお盛んで、って……!? ち、違う! 断じて違う! 俺には、俺には……。
「リノア………」
リノア。ごめん。俺はあんたを守れなかったよ。
ラストダンスは奈落の底へ 071210