ぷーとふくれている頬っぺたは、ひまわりの種を無理やり口のなかに詰め込んだハムスターみたいだ。よくもまあ、そこまでぱんぱんに膨らむもんだな。おもしれぇから摘まんで引張ってみたら、すげぇの。伸びるわ伸びるわ。
人体の不思議。少なくともガーデンの保健体育の教科書には、載ってなかった。
なあ、あんたの顔っていったいどういう作りになってるわけさ?
「スコールってば、やーらしいのー」
「あ?」
やらしいって何だ。やらしいって。
「やらしいのはお前の顔じゃねぇの、アーヴァイン」
しょっちゅう公衆の面前で 「アービンの助平ぇ!」 ってセルフィに叫ばれて蹴られたり叩かれたりしてるくせに。
「うわっ、酷っ!!」 アーヴァインは泣き真似をし、「違いねぇ!」 ゼルは操縦席で腹を抱えて爆笑する。
「ぶーぶー。なんだよお、スコールってば、本当にニヤニヤしてたくせにさぁーあ」
「……にやにや?」
「そうそう、ニヤニヤっと」
笑窪に指先を当てて、ニヤニヤっ、とアーヴァインは笑う。
こんな風にくねくね動いて、妙に間延びした喋り方をする男を、俺は他に知らない。もともと気障ったらしい男ではあったけれど、こんなくねくねはしてなかった(はずだ)。アーヴァインがこんな風になっちまったのはセルフィの影響かもしれない、とか最初は思ってたけど、実はそうでもないのかもしれない。なんというか……開花した感じか? 常に頭にピンクの花が満開に咲いてるような男だ。
「笑ってたのか?」
「笑ってたよねー」
アーヴァインの目配せと、オレの視線に、ゼルはすかさず目を逸らした。「俺は知らない」 とでも言いたかったのか。でもな、ゼル。あんたが目を逸らすときって、大抵が嘘ついてるときなんだ。
「笑ってたのか……」
そうか、俺、笑ってたのか。ニヤニヤっと。
「そうそう、笑ってたんだよぉう。思い出し笑い?」
「……」
「なぁに思い出してたのかなぁ〜?」
アーヴァイン、あんたはそうやって分かってるくせに……。
「恋人同士の逢瀬は如何でございましたぁ〜?」
ほらな。
「至って普通」
そして俺は簡潔に答える。余計なことを言ったら最後。こいつらの食い付き様は、すっぽんも裸足で逃げ出すくらい容赦がない。
「そうとは思えませんよ、スコールくん。どうだったのよ」
煩いなぁ。
「……ハムスターみたいだった」
「は?」
「リノアが」
うーん、とアーヴァインは真剣に悩んでる。勝手に悩んどけ。
リノアは何かものすごく怒ってたけど、怒る理由がわからないわけでもないんだけど。半月ぶりに会ったってんだから、時間は有効活用するべきだったんだろう。本来はそうするべきだったはずだ。俺もそれくらいはわかってる。だけど、どうしてだろう。図書室で必死に本にかじりついてるあいつを見たら、声をかけそびれちまったの。シャーペンを齧って唸ってるあいつをじっと見つめることしかできなかった。どうしてかな。
……それにしても足がまだ痛い。これは絶対に痣になってるぞ。リノアの奴、思いっきり人の向う脛を蹴りやがって。イテテ。
そうこうしてる間にも、ラグナロクは雲を突っ切って、エスタに飛ぶ。散々誰が(むしろドチラが)ラグナロクを操縦するかで口論した結果、じゃんけんして、勝ったのはゼルだった。負けたアーヴァインは本気で地団太踏んでた。何でまたそんなに操縦したいんだか。曰く、ゼルは 「飛行艇操縦は男のロマン」。アーヴァインは 「だっていつもセフィが運転してるからさぁ〜ボクもセフィの気持ちを疑似体験したいわけで」 云々かんぬん。
……馬鹿じゃないか?
「いいなぁ〜ボクもセフィに会いたかったなぁ〜」
この世の終わりみたいな顔をして、アーヴァインは言う。
そうか。セルフィは今別の任務で外に出てるんだっけな。一ヶ月とか聞いたけど。……なるほど。セルフィがガーデンにいないもんだから、あんたはラグナロクに一番乗りで集合してたんだな。どうりで納得だ。
「嗚呼、どうせならセフィと一緒に任務に就きたいと思うわけよ。スコールなんかと立て続けに同じ任務に就いたって、ちぃっとも嬉しくないしぃ」
奇遇だな。俺もだ。
特にここ数ヶ月はずっとこいつとコンビを組まされてる。俺もアーヴァインも、同じ会議にどうしても出なきゃいけないから仕方ないっちゃ仕方ないんだけども、でも会議以外の通常任務のときくらいは別々だっていいと俺も思うんだけど。
「文句はシュウに言え。仕事の割り振り係はあいつだ」
ただし。あんたにあいつに楯突く勇気があるのならの話。
「うーん。夫婦(めおと)SeeDで絶妙なコンビネーションのオレたちを売り込みに行こうかなぁ」
やめとけ、殺されるぞ。仕事が絡むと俺以上に冗談の通じない女だ。それにあいつは長年あのキスティスの親友をやってるくらいの女だぞ、甘く見るな。
「……騒がしすぎるってことで、即却下だろ」
実際、アーヴァインとセルフィがコンビを組めない原因はその辺りだと思う。それぞれ単体だけでも十分騒がしいのに、二人揃うと五月蝿いことこの上ないんだ。
「失敬な。真面目なときはボクだって真面目なんだから。サイレントボーイと呼んでくれたまえよ」
「サイレントボーイね。あんたすぐ縮こまっちゃうもんな」
自他共に認めるナイーブなスナイパーだもんな。
「ムッカーッ!」
「怒るなよ、悪かった悪かった。シュウに直談判しに行ってみるのもいいかもしれないぜ。万に一の確立で、セルフィと組ませてもらえるはずだ。希望は持て。可能性は零パーセントじゃない」
「ムッカーッ!」
いちいち擬態語をつけて、アーヴァインは怒る。
「ところでスコール、あれはねぇよ、あれは」
ラグナロクの操作パネルを弄繰り回す手はそのままに、ゼルは言う。
「何が」
「えぇ、なになにぃ?」
アーヴァイン。あんたはどうしてそう目をキラキラと……。
「図書館でさ、リノアを黙ってじぃっと見てるなんてよ」
あんたこそ、黙って、見てたのか。
「なになに何の話よ」
アーヴァイン、あんたは黙ってろ。
「オレ、出発する前にってことでハニーに会いに行っててさ」
ハニー……。ハニーって、あの三つ編みの図書委員の子のことかな。ハニーって……ハニーって呼んでるのかよ。
「二人して覗き見か」
「そんな怒るなよスコール。おまえだってリノアのこと覗き見してたじゃねぇの」
「覗き見ぃ? きゃーやっぱりスコールくんってば、やーらすぃー」
いいからアーヴァインは黙ってろって。
「……俺はあいつの真正面の席に座ってただけだ。気づかなかったのは、あいつの方」
「何が座ってただけだよ。ちゃっかり気配消してたくせに。何で話しかけなかったんだよ。忙しいおまえにとっちゃ貴重な時間だろ」
気配を消してたのは事実だ。
「俺の時間は俺が好きなように使う」
「そりゃそうさ。でもさ、話したいことがあるならきちんとリノアと話せよな」
ゼルはオート操縦のボタンを押してから、操作パネルから目を離した。で、心配そうに俺を見上げる。
いつもは騒がしいアーヴァインは何故か今このときに限って黙ってる。……馬鹿野郎。こういうときにこそ妙な茶々を入れてくれっていうんだ。
「俺は……スコールが話したくないっていうんなら、それはそれでいいと思うよ」
俺がリノアに? 何を話せと? 嫌な話の流れだ。アーヴァインは珍しく真面目腐った顔で黙ったまま。
「スコールがリノアに今回の会議のことを話すかどうかは、結局は、俺たちがどうこういう問題じゃないと思うし。ふたりの問題だし。俺はスコールが、リノアを傷つけたくないって思ってることはよくわかってるつもりだし、おまえがどれだけリノアのために世界中を飛び回ってるかも知ってるし。でも……、さ……」
弱々しい発声だなゼル。なんでもズケズケ言いそうでいて こうやって俺に意見するゼルは実はとても珍しい。
「少しはさ、自分に正直に行こうぜ。な? スコール」
「自分に正直に、欲望の赴くままに」 アーヴァインが笑いながら言った。
ゼルは頷く。 「おまえが言うとなんかとてつもなくヤラシイ響きがあるけどな、あながち間違っちゃいねぇかな。恋人に妙な遠慮なんざするこたぁねぇと俺は思うよ。今、スコールが苦しいなら尚のこと」
「俺はあいつに遠慮したことはないし、苦しくもない」
俺があいつに何も話さないのは、あいつに遠慮してのことじゃない。ましてや苦しいなんて、そんなこと。
「そうかな?」
ゼルは顔を曇らせながら、でも真っ直ぐに俺を見上げる。
「俺は、話したほうがいいと思うぜ? もう今更かもしれないけどよ」
「あいつが傷つくだけだろう」
「そりゃそうだけどよ……」
ゼルとはうーんと唸る。
わかんねぇな あんたの言いたいことがよくわからない。傷つくってわかってることを何でする必要があるのだろう。傷つくってわかってるのに、どうして。
嗚呼、昔、同じようなことを考えたな。
人は傷つくってわかってるのに、どうして誰かと一緒にいようとするんだろう。
ずっとそう思い続けて生きてきた。――リノアが俺の前に突如として現れたあの日まで。
ラグナロクが雄叫びをあげて空を切ってゆく。前方に見えるやや不穏な雲。俄に感じたGに、胃の辺りが少しだけむかむかした。
神々の黄昏の上の上 070402