スコールからは半月音沙汰がない。まあいつものことよ。最初こそはあたしもぶーぶー豚さんのように文句言ってたけどさ、言うだけ無駄ってことを学習したわけ。
それにママ先生が言ったんだ。仕事にきっちり精を出す男を、どーんと構えて待ってやるのも、いい女の条件のひとつだって。みてらっしゃい。いい女になってやろうじゃないの。

で、どーんと構えようって外に出なくなったから、肌が白くなった。そばかすもなくなった。紫外線のない世界にいるだけで、肌って劇的に変化するものらしいオドロキ!
でもって太ったガビーン。運動量ががた落ちしたからだろうなぁ。もともとが太りやすい体質だから、久しぶりに体重計に乗ろうとしたとき、ちょっとは覚悟はしてたんだけど。にしたって、こりゃ流石に酷いわ。
今のあたしって、さしずめ白豚? 焼いたらきっと美味しいですよーぶーぶーぶー。早く食べてくれないと腐っちゃうわよ、今が買い時よ? あの何処ぞに消えたまま行方知らずの馬鹿男は、聞いてるのかしら。とっとと帰ってきやがれっての。あたしが腐っちゃっても知らないから。

そして白豚は近頃、専ら勉学に励む。
候補生でもSeeDでも何でもないあたしは、居候ってことでガーデンに置いてもらってるわけだけど、これがまた暇なんだ。仲のいいみんなはお仕事で忙しいし、あたしってこう見えても意外と交友関係狭いし(特に女の子に嫌われるのよねー……)。
ぼけっと恋人の帰りを待ってるよりはね、少しは勉強でもしようかと思ったわけですよ。
だってみんな、ふだんはあんな馬鹿やってるくせに実はあったまイイのよ。セルフィもキスティスもアーヴァインも。候補生時代は落ちこぼれ組に片足突っ込んでたらしいゼルも、世間の標準より遥かに頭がよろしい。
スコールは……言わずもがなってヤツ。候補生時代は暴れん坊将軍サイファー殿とためはるくらいのそうとうな問題児だったらしいくせに、小憎らしいほどに優秀でときどき首絞めたくなるんだけど。そういえば 「実際あの子可愛げがなかったわよ」 と酷薄な笑顔で言ってたのは、キスティスだったかしら。

「誰がかわいくないって?」
「ひょあ?」

教科書やら参考書が山積みにされた机の向かい側に、我らが指揮官殿が座っているのに気づいたときは、なかなかびっくりしたわよ。というか、ものすごくびっくりした。
「うええ? す、スコ……ふごっ……!!」
こどもを叱るような顔をしてる彼を思いっきり睨み返して、口を塞ぐ大きな手を払いのける。図書室だから静かにしろって言いたいのよね。ハーイハイハイハイわかってますわかってますってば。
でもねぇ、目の前に突然、会いたくて会いたくてたまらなかった恋人がひょっこり現れたら誰でもビックリして、悲鳴のひとつやふたつあげたくなるってものよ。
「い、いつ帰ってきたのっ」
「二時間ぐらい前」
少し顔を寄せて、ひそひそ声で会話。ふふ、何かアヤシイのーうふふふ。
「い、いつからそこにいたのよっ」
「20分くらい前」
に……!?
「んなぁ――!!…ふごふが…っ」
く……苦し……。
「あんたはもう少し大人しくしてらんないのか」
スコールはあたしの口を塞ぎながら、眉間に皺をよせる。
「うっさいわねっ!」
彼の大きな手を力いっぱい払って、あたしはひそひそ声に出来る限りの感情をこめた。
「溜息なんかつかないでよ。だいたい何よ、20分前って何よ。いったいどういうつもりっ!?」
近くに座っていたガーデンの生徒たちの何人かが怪訝そうにこちらを見ているけど、この際そんなこと気にしてられるものですか。
「何怒ってるんだ」
「怒るってば!!」
半月丸々任務でガーデンをお留守にしてて、やっと帰ってきたと思ったら、今度は20分間もそこで黙って座ってたって!? 馬鹿じゃないの!?
「あんたが必死に勉強してたから、邪魔しちゃ悪いと思ったんじゃないか」
「あたしの為だっていいたいわけ?」
「そうだよ」
しれっと言い放つ男が憎たらしい。こんの朴念仁……!! 女心っていうものが全然分かってないんだから、話しかけろっていうの!
「あたしが気づかなかったらどうするつもりだったのよっ」
「さぁ……どうでしょう」
さぁって……。あ、頭痛い。
「あのさ。あのね。ふつう5分も待てば、話しかけない? てゆかすぐに話しかけるものよ」
「そうか? 俺だったら集中してるところを邪魔されると不愉快だからさ、黙って待ってたんだけど」
えっと、それはつまり、どういう意味ですか?
「……へーへーつまりあれですか。いつもスコールの姿を見かけるたびに所構わず叫びんで、あなたの所業を邪魔するあたくしはウザイと……」
「何もそこまで言ってない」
「否定はしないのね」
「……」
黙らないでちょうだいよ。ちょっと傷つくじゃないのよ。悲しいじゃないのよ。
ぶすっとしてたあたしの頬を抓る指。
「すごい集中力だったな」
褒めてくれるのは嬉しいんだけど、でも、ちょ……ちょっと痛い痛いってば。てゆーかさ。こういうときはさ、人差し指でチョンとかしてくれるものじゃない?
あらスコールくんってば珍しく笑顔で――お、ちゅう来るか? 来ちゃうのか? こんな公衆の面前でキャッ。
「ふふ ブス顔」
……ぶ、ぶ、ぶ、ぶ、ぶっ殺す。
机の下で思いっきり足を蹴り上げれば、流石の彼の顔も苦悶に歪んだ。
「リノア……」
「……」
そ、そんなマジで、すごまないでよぅ。ちょっとフザケタだけじゃないのよ。
「あれ? なんでSeeDの制服?」
なんかいつもと雰囲気違うなぁと思ったら、どうりで。かっちりとしたSeeDの制服を着たスコールはいつもよりさらに落ち着いてみえる。いやいや老けたともいう……あら嫌だ、睨まないで。いつも全身にじゃらじゃらついてるシルバーのアクセサリーも、今は見当たらない。
机の下で足を摩ってるわね、スコール。鍛え方が足りないのよ、精進なさい、精進。
「これからまた仕事?」
「会議」
「SeeDの幹部の?」
「いや。エスタで」
「またぁ?」
「……まぁな」
「大変そーだねぇー」
「そうでもない。それにそろそろ終わりが見えてきたし」
「ふぅん。もう一年以上もやってるもんね」
「まぁな」
「エスタかあ。ラグナさんやエルお姉ちゃんによろしく言っておいてね」
「お姉ちゃんには伝えておく」
「……」
「なんだよ」
いや、うん。なんだかねえ? エスタの面々が関わるとスコールは幼くなる。可愛いっちゃ可愛いんだけど。いや、うん、可愛いのよ。でも今日はちょっとお疲れモードね。その綺麗なお顔が少々暗いようですが。
「スコール」
「ん?」
「大丈夫?」
ポーカーフェイスが一瞬だけ崩れて、でもすぐに何てことない様に口元に不敵な笑みを浮かべた。大丈夫だよ。彼の笑みは確かにそう言ってる。
「スケジュールがハードなのは、いつものこと」
それは知ってるけど……、でも本当に大丈夫かしらこの人。身体は強いけど、精神面で不安定っていうか、けっこう柔い人だからさ。へにゃへにゃなのよ、本人は頑として認めないけれど。
「本当に?」
「嘘ついてどうする」
どうするって、訊きたいのはこっちなんだけども。
スコールが椅子から立ち上がる。あたしは彼を見上げるだけ。嗚呼、もう行っちゃうんだ? 無駄にした20分が惜しいよ。ったくスコールのばかちんめ。
細身だけどしなやかな腕があたしの手元に伸びてきた。トンとあたしのシャーペンのキャップを抑える彼の指先。
「あんまり噛むなよ」
考え事や勉強をしてるときに何かを噛むのはあたしの癖だ。このシャーペンにもすっかり噛み跡が…。
「俺がいなくても大人しくしてろよ」
「……」
こどもじゃぁないんだからさぁ……。なんかこう、ときどきものすごくこども扱いしてくるのよね、この人。過保護な親みたいに。
「返事は?」
「はぁい」
しぶしぶ返事すれば、スコールは満足げに笑って、図書室から出て行った。

そうして残された白豚は、目を白黒させる。
てゆか、笑った。365日24時間仏頂面のあの男が、こんな短時間の間に何度も、笑った。
なんか……激しく嫌な予感。まさか、槍でも降るんじゃないでしょうね。

槍はその日のうちに降ってきたナンテコッタイ。

好きでいてもいいですかだって。そんなのあたしに聞いてどうするのよ。
その人とやらを好きでい続けるのも、彼女持ちだしーってことで諦めるも、そんなのあなたの自由であって、あたしには全く関係ない。そりゃあ、あなたの好きな相手が相手だから気になるっちゃなるけど、そんなものいちいち気にしたって……結局あたしには何もできないでしょう。

嫌なのは、そうやってしおらしさを装う意地汚いしたたかさ。あなたの好きな人の彼女の前に立って俯いて、手なんか震わせちゃって、「好きでいてもいいですか」って、何よそれ。はん、笑わせるなっつーのよ。震えるくらいなら、あたしのところに来るなってのよ。本当にしおらしい子は、まずこんな大胆なことはしない。
ええっとね、一応あなたの想い人は、あたしの恋人であってだね。あたしは当然、あなたの恋を応援する気なんてさらさらないわよ。かといって、駄目よ諦めて、なぁんて言える? 恋なんてものは相手が彼女持ちだろうが、妻子持ちだろうが、好きになっちゃったもんは仕方ないじゃないねえ? ただその気持ちにどう折り合いをつけるかが問題であってだね。あとは、人様にご迷惑はおかけしちゃいかんと思うのです。

――あたしにどうしろってゆうのよ。どうして欲しいの。

彼を諦めて、傷つきたいのなら、ひとりで勝手に傷ついてればいい。あなたにだってお友達くらいはいるでしょうから、慰めてもらえばいいじゃない。同情はする。だけど、あたしは何も出来ない。お願いだから、あたしを巻き込まないで欲しい。

で、あたしはどうしたらいいの。いや、何もしたくないんだけどさ。できれば、これ以上関わりたくないというのが本音。
しんと黙ってしまったあたしのことをまわりがどう評価するかは、きっと公衆の面前でこんな茶番劇をはじめたあなたの計算のうち。ただでさえ評判のよろしくないあたしだからね。まわりの下す評価なんて目に見えてる。
食堂中の人があたしたちに注目してるよ。とほほほ……困ったなぁこれ以上の悪目立ちはしたくないのにさあ。

「えっと……」
とりあえず何か言わなきゃ終わらない。嗚呼、紅茶が冷めちゃうじゃないのと内心で呟く。まずい食堂の紅茶とは言え、一応お金も払ったわけだし…。

「えっと」

つまるところ、あなたは好きにすればいいんじゃないかな。彼のことを好きでいるのも諦めるのも、好きにするのがいいと思う。応援は……ごめんなさい……できないけれど。

突き放した言葉だけど、口調だけはやさしくなるように努めちゃうこんな自分が、嫌いよ。なんだかんだと御託を並べたところで、本当は「あの人に近づかないで!」って叫びたいくせに。あたしって嫌な子。

あら、初々しく頬を染めちゃって。あっああああありがとうございますだぁ!? はぁ!?
って、行っちゃったよ、小走りで。
あたしは食堂にぽつんと置いてきぼり。嗚呼、まわりの好奇の目が痛いし、鬱陶しい。珍獣扱いされる苦痛ったらない。こういうときにスコールの気持ちが少しわかる。周囲に騒がれてつっけんどんな態度をとるスコール=レオンハートの気持ちが。
てゆか紅茶代返せ。すっかり冷めちゃったじゃないのよ。
居心地が大変よろしくなかったので、仕方なく食堂を出た。次はどこに行こうか。また図書室? 嗚呼、でもあそこ、この時間はえらく混んでるのよね。どうしようか。本だけ借りて、部屋で勉強するかな。うん、そうしよう。
気分がずどーんと沈んでゆく自分を無理やりエイエイオーと鼓舞して、図書室に向かう。足取りは、重い。体重が倍増した気分だ。いよいよダイエットを本格的に始めねばならんようですね、リノアちゃん。

――さっきみたいなことは、実は初めてなわけじゃない。ただあそこまで堂々(態度だけはしおらしかったけど……!)と言われたのははじめてだ。

借りてきた本を勉強机に置いて、でも勉強する気になんてさらさらなれなくて。結局、スコールが汚い汚いと言っては渋い顔をする部屋の一番隅っこで、膝をかかえてじっとしてみた。
なんだろう、この世の終わりってこんな感覚なのかしら。世界が真っ暗になった気分。胸の奥でぷすぷすと燻ぶる、嫌な感情はどうやって清算したらいいのかしら。
しばらくじぃっと動かないで、悶々として。じわじわと熱くなってくる目に喝を入れるように、ほっぺたを思いっきり引っ叩いて。うおーと叫んでみた。

ありがとうございます、と頬を染めるあの子の瞳が、去り際にちらりと見せた本性。
――魔女なんか。
――魔女のくせに。
そう訴えてた。

おらおらおら。とっとと帰って来いや、スコール=レオンハート。傷心の彼女を放っておくなんて、男の風上にもおけないやつめ!

白豚 氷上を腹這で滑る 070324