馬も蹴られちゃって
言いたいことがあるならちゃんと言って。そんなふうにひとりで仏頂面されちゃ堪ったものじゃないわ。―――そう云うまゆ子の方こそ酷く怒っているようだった。
刺々しいまゆ子の声色にシンの心のうちは更にささくれ立ってゆくのだが、見下ろす少女の眦に涙がたまっているのに気付いてしまった途端に、シンは激しくうろたえた。まゆ子に泣かれると、もはや条件反射の如くシンは弱腰になる。理由もなくどうしようもない罪悪感にかられるのだ。
今にも眦から零れ落ちそうな涙にどきまぎしながら、シンはまゆ子に云われる通りに自分が“言いたいことを言って”みた。まゆ子の涙に半ば強制的に言わされたこととはいえ、実のところ“それ”はシンひとりでは消化しきれずに持て余していたことでもあったので、シンは“それ”を口にすることによって自分の心のうちがすっきりと軽くなってゆくことを意識していた。
ところが、しばらくすると、シンが何かを云う傍から、まゆ子の顔がだんだんと赤く染まっていくのだ。これには、いったい何なのだ、とシンは眉をひそめざるを得なかった。
「何を笑う?」
シンに指摘されて、はたと口元を隠そうと手をあてたまゆ子だったけれど、手で覆いきれない頬が引き攣っているのをシンは見逃さなかった。
「まゆ子?」
「え、えっと……シン、それ本気で言ってるわけ?」
「言いたいことがあるなら言えと言ったのはお前だろう」
真顔で云ってのけたシンに、まゆ子は瞠目し、ややあって俯いた。俯くまゆ子の肩はぷるぷると震えてるようだった。
まゆ子の行動の意図が読めずに困惑するシンがまゆ子を呼べば、途端にまゆ子は腹を抱えて笑い出した。ますます意味がわからない。困惑が過ぎてむっと顔をしかめたシンに、まゆ子は何度もごめんと繰り返すのだが、いかんせん笑いながら謝罪されても、シンがそれを素直に受け入れられるはずもなかった。
「まゆ子」
「ご、ごめんってば。お、怒らないで……!」
本気で怒りだしそうなシンを前にしても、まゆ子の笑いはなかなか治まらない。
「まゆ子!」
「うん、ご……ごめんごめん。ごめんね、シン」
えっとね、とシンの腕に手を当てて、まゆ子は緩みきった己の顔を意識して引き締める。
「あのね、そういうの何て言うか知ってる?」
「知らぬ」
いけない、と思いつつ、まゆ子の頬はまた緩んできてしまう。
「やきもち」
一瞬呆けたのち、え、と絶句したシンの顔を見てまゆ子はまた笑い出した。よもやシンがやきもちとは。しかも相手がまゆ子の幼馴染の圭ときた。
まゆ子は一頻り笑ったあと、困惑と衝撃で呆然としている男に身体を寄せて、無邪気に云った。
「あたし、あなたが大好きよ」
天の鳥花の夢|061112