チャッピーチャッピー
襖を開けたら、そこは頼りない灯りがひとつだけの薄暗い和室だった。淡く光るその灯の脇には、白い一組の布団。その布団の上には、二つのお上品な枕。そこまでは想定内の出来事だった。
とはいえ、それだけでも一護はくらりときた。無論悪い意味で、だ。ああ、頭が痛い。屋敷の女中たちは、これらを用意しながら、いったいどんな顔をしていたのやら。想像するのも嫌だ。
「……つか、お前、なんだよ、その格好」
そして布団の上で三つ指をついて夫を待っていた新妻・黒崎ルキア(旧姓、朽木)は、なんと白い襦袢ではなく、暗がりのなかでもそれとわかる派手なショッキングピンクのキャラクターもののパジャマを着用していた。これはさすがに想像できなかった。
時代劇のような和室といったら、白襦袢の女が付き物じゃなかったっけ?
「ピエロか?」
「何を言うか、一護!」
このパジャマのキャラクターはチャッピーと言ってだな、死神の女衆には大変人気のキャラクターで、云々。力説する新妻は本気でぷりぷりと腹を立てているらしい。
そんな新妻を半目で眺めながら、ため息をつく。この部屋の"いかにも〜"な雰囲気には困るけれど、あまりにも常識から外れすぎたルキアの格好も考え物だ。いくら寝巻きなんぞ脱がせてしまえばそれまでの代物とはいえ、このちんまい女は旦那をおちょくっているのか。いや、きっと何も考えちゃいない。それは断言できる。それだけの長い付き合いを、自分たちはしてきたのだから。
「聞いておるのか、一護!」
チャッピーがどうしただの、チャッピーがああしただの。聞くも何も、聞く気もないのだがので、咳払いをひとつ。気を取り直して、一護は居住まいを正した。
「まあ落ち着け。チャッピー談議はやることやってから付き合ってやっから」
「や、やること……」
ごくりと咽喉をならすルキアが目に見えて、縮こまってゆく。
「そうびくびくすんなよ。俺が悪者みてぇで気分が悪い」
「別に、びくびくなんぞ」
「嘘つけ。あのな、お前が本当に嫌だって言うんなら、俺は何もしねぇよ」
はじめてのこどもは女の子がいいだの、顔を突き合わせて真剣に話し合っていた、父親と、朽木白哉には悪いとは思うけれど。
「だからそんなにびくびくしてくれるな」
布団の上、向かい合って、手を握る。かすかに震える手が、愛しい。小さい手だなあ、と思う。
「一護」
「ん?」
「ふ、ふ……ふ……」
「フ?」
「ふ、ふつつか者ではございますが……」
ぶほっと一護は盛大に吹き出した。何を今更言い出すのか、この奥さんは。腹が痛い。笑いが止まらなくて、涙が出てくる。
ルキアはむくれている。そりゃそうだろう、せっかく彼女は彼女なりに意を決して、一護に自分の誠意を伝えようと思ったのに。それを笑い飛ばすだなんて。
一護は悪い悪いと言いながら、ルキアを抱きしめ、それでも尚、笑い続けた。
「で、ルキア、チャッピーがどうしたって?」
首筋に唇を寄せておきながら、そんな意地悪を言う。間髪入れずに飛んできた枕をひょいとかわして、軽く足払い。バランスを崩した細い身体を大笑いしながら、組み敷いた。
さて、とりあえず、その情緒もへったくりもないのないパジャマはとっととひっぺがえしてしまおう。
BLEACH|080810