ハブ【habu】
学名 / Trimeresurus flaviridis
分類 / 爬虫綱有鱗目クサリヘビ科マムシ亜科ハブ属


マングース【mongoose】
学名 / Herpestidae
分類 / 哺乳類食肉目ジャコウネコ科

「あいつはなぁ! あんたを心の底から信頼してるんだよ!」
くわっと今にも噛み付かんばかりの勢いで、松太郎は喚いた。
「信頼……」
反芻する敦賀蓮をきっと睨みつけて、尚も松太郎は喚き続ける。
「んでもって、あいつは、何だかんだとオレ様のことも信用してくれちゃってんだよ!」
嗚呼何て格好悪いんだろう、と幾許か冷静さのある別の松太郎が、喚く彼自身を内側から傍観している。
目の前のこのいけ好かない男の前でクールな男を演じ続けてきた自分の必死な努力は、今この瞬間ですべてが水の泡となって消えた、と松太郎は思った(尤も、松太郎が今まで完璧にクールさを演じていたかというと、実はそうでもないのだが、当の松太郎はその事実に気づいていやしない)。
「でもなぁ、違ぇんだよ…!!」
幼き日に培ったキョーコから松太郎への服従関係にも近い絶対的信頼。その信頼を壊し、踏み躙ったのは、何を隠そう松太郎自身だ。
そして、その後、新たに信頼関係を築き上げてきた。一度見るも無残に崩壊した信頼関係をふたたび築くのには、何年もかかった。血の滲むような努力をした。
今となっちゃ、松太郎とキョーコはお互いに本気で蹴り合いも出来るほどの関係だ。それが、悪いとは言わない。そんな色気もへったくりもないような関係に、嫉妬している男も確かにいるのだ。
「あんたは、オレにはなれねぇし。オレもあんたにはなれねぇんだよ。なりたくもねぇけどよ!」
嘘だ。松太郎は、本当は蓮になりたくて、なりたくてたまらない。
松太郎とキョーコがしっかり結ばれているのと同じように―――否、それ以上に、蓮とキョーコが固く結ばれているのを、松太郎は知っている。そこに男女の関係が未だにないことも、松太郎は知っている。だけど、いずれ“そういう方向”になっていくとも、松太郎は薄々感じている。
悔しいと思う。男として蓮に負けたということよりも、キョーコが誰かにとられてしまうことが、悔しい(こんなこと言ったら、キョーコは「あたしは物じゃないわよ!」と般若顔で怒るに違いないけれど)。
嗚呼、いっそ無理やりにでも我が物にしてしまえばよかったのか。チャンスならくさるほどあった。だけど、折角築きなおした関係を、またぶち壊すのか? またあいつを裏切るのか?
「くそったれが!」
「不破君…ちょっと、落ち着いたほうが……」
何だってこんな話になったのか、と蓮は目を泳がせながら考える。とりあえず松太郎の手中にある琥珀色の液体は回収したほうがよさそうだ。
「何が、君たちは仲良くていいね、だ!」
確かに、仲良くていいね、とは言ったけれど……。そして、それは紛れも無い本心だけれど……。
「ぶっ殺すぞ、てめぇ!」
ぶっ殺すとは穏やかでない。
てゆか、キョーコは何処だ。トイレに行ったっきり、帰ってきやしない。そもそもこの場に蓮と松太郎を二人だけで置いていけてしまえる神経が、蓮には理解しがたい。
「好きなら、好きって言っちまえばいいじゃねぇか!」
今度はぼろぼろと泣き出した松太郎の肩を、蓮は叩いてやった。
「あんたが不甲斐ないのがいけねぇんだ」
「君も十分不甲斐ないじゃないか」
「うっせー」
「君も十分うるさいよ」

「………二人して何やってるんですか……」
ちょっと携帯で友人と話し込んでしまって戻ってきたら、幼馴染は歯を食いしばって涙を流し、敬愛する先輩がそんな幼馴染の肩を抱いている。慰めている人と、慰められている人。ふつうは素敵だと思える光景なのに、それが蓮と松太郎だと思うと、どうしてこうも薄ら寒いものを感じてしまうのだろう。
キョーコは眉間に皺を寄せてしばらく彼らを観察し、そして叫んだ。

「あー!! ボトル半分も無くなってる!!!」


08:ハブとマングース 2006.06.26