スピーカーから淀みなく流れてくる旋律は軽やかでやさし気なのに、どうして、喉の奥が痞えたように苦しく感じるのだろう。
それは、恋の唄だった。
少し擦れた歌声が紡ぐ言葉は、どれも日常的なありふれたものばかりで、ぱっと聞いただけでは、そこに恋愛っぽい甘やかさは感じられない。だけど、これはたしかに恋の唄だ。蓮はそう確信した。
男から女への捻くれた、そのくせ直向な想い。それが、なんでもないような言葉の羅列のちょっとした隙間から、零れ落ちてきているようだった。擦れた声は想いの切なさを、軽やかな曲調は想いを覆い隠して誤魔化すかのように。
蓮はそっと瞼を閉じて、歌に聞き入った。
特別な音響機材が360度取り囲むこの部屋のなかで響く音は、臨場感に溢れ、まるですぐそこで歌手本人が生で歌っているかのような錯覚さえ覚えさせた。
そして蓮は考える。彼の歌手は、この恋の唄を、いったいどんな表情で歌い上げたのか、と。
「いい曲だろ?」 そう言って蓮にむかって微笑んだのは、今回、蓮の主演映画の総監督をつとめる初老の男だった。
蓮は素直に頷いた。 「……驚きました」
うん、と監督は満足げに笑った。 「今朝、不破くんのほうから、完成したこの曲が届いたんだ。デモの段階でも、けっこう期待できそうだなぁとは思っていたのだけれど、さっき聴いてびっくりしたところさ」
「それで、お電話くださったんですか」
「急に呼び出して申し訳なかったね」 でも、と監督は続ける。 「あんまりにもすばらしい出来だったから、主演の君には是非とも早く聴かせてあげたくて」
「ええ、ぼくも拝聴できてよかったと思ってます。主題歌がこんなにすごいのなら、ぼくたちだって負けていられませんし」
「演技のほう、期待しているよ、敦賀くん」
にっと笑う監督に、蓮もまたにっと不敵な笑みを返して頷いた。
06:恋するカナリヤ 2005/11/04 2006/01/03加筆修正